ビオレーサーの現在地
前回の記事では、ビオレーサーの歴史ともの作りの姿勢について触れたが、今回のテーマは「現在地」。現在のラインナップはもちろん、カスタムウエアをメイン商材としている理由、自社開発しているパッドの秘密、既製品であるコレクションの進化、プロ選手へのサポート体制など、独特の立ち位置を築いているビオレーサーの「今」を紐解く。
カスタムとコレクション
ビオレーサーのラインナップにはコレクションと呼ばれる既製品もあるが、あくまでカスタムウエアが主流だ。既製品のほうが気軽に買えるうえ、特定のチームに所属していないサイクリストも多いはずだが、なぜカスタムをメインにしているのか。それは、カスタムと既製品の製造過程が全く違うからだ。
カスタムウエアは大型プリンターと転写技術、色を再現するノウハウなど、既製品にはない独自の技術が必要とされる。また、デザインをプリントするための生地は、無地のまま使う既製品用の生地とは特性が大きく異なる。「既製品にオリジナルデザインをプリントすればカスタムウエアになる」などという単純な話ではなく、もの作りの概念が完全に別。そのためカスタムウエアとコレクションは基本的に別物である。
なお、コレクションの中にラインナップされているEPIC フルブリーズロードレースエアロスーツは、カスタムウエアをジャパンオリジナルデザインで作ったものとなる。
カスタムウエアは、トッププロが使うウエアのベースとなる最上位モデル「EPIC(エピック)」と、価格を抑えた「ICON(アイコン)」の2ライン。従来はEPICの下に「RACE」と「PRO」という合計3ラインがあったが、RACEとPROの性能が近く分かりづらかったためRACEとPROを統合しICONとした。
ハイエンドのEPICは競技者向け。ジャージの半袖/長袖はもちろん、レインジャケット、ウインタージャケット、各種ジレ、ロードレース用エアロスーツ、TT用エアロスーツ、シクロクロス用エアロスーツなど、非常に豊富なラインナップを有する。半袖ジャージなのに起毛・撥水生地を用いたEPIC テンペストジャージなるマニアックなモデルもそろえている。これは、プロが「普通の半袖だと肌寒いけど長袖を着るほどではない」という春先のレースを走るために作られたモデル。市場では理解が得られにくいが、プロチームに帯同するメーカーならではのアイテムである。また、酷暑下でのヒルクライムという、日本独自の環境に最適化した新作「EPIC フルブリーズ ロードレースエアロスーツ」も注目だ。
ホビーレーサー向けのICONも、驚くほど豊富なラインナップを誇る。EPIC同様に、多種多様なジャージ・ビブショーツ・エアロスーツ、レインジャケット、ウインタージャケットなど、ロードレースからロングライドまで多彩な要望に応える。
日本だけの特別扱い
前回の記事でも説明したが、ビオレーサーが自社開発するパッドは2種類。
EPICシリーズが採用するのは、厚さと密度の異なる2種類の素材を一体成型したヴェイパーパッド。接着箇所がないため、通気性とフィット感に優れたビオレーサーの新世代パッドである。
このヴェイパーパッド、なんとウエアのサイズによってパッドの大きさが変えられている。パッドの大きさを変えるメーカーはほとんどないが、ビオレーサーはヴェイパーパッドの大きさを、大きいほうからプラス、プロ、スモールの3種類用意。ウエアのサイズによって最適なパッドを組み合わせている(Sサイズ以上にはプラス、XSサイズにはプロ、XXSサイズにはスモールが装着される)。よくよく考えれば、2m近いライダーと150cmの小柄なライダーが同じ大きさのパッドを使うほうが不自然だ。ちなみに、このサイズパッドシステムと呼ばれるパッドのサイズ展開は、日本向け製品のみの特別対応である。
ICONシリーズには、平面構造を採用したスムースパッドが用いられる。高性能パッドの主流である3D形状のパッドは、三次元形状にするための溝がかえってフィット感を低下させることがあるという。体とパッドとの間に隙間ができてしまい、股ずれの原因にもなりうる。そこでビオレーサーは、3Dではなくあえて平面形状としたスムースパッドを開発、ICONシリーズに採用している。なお、ICONでもアップチャージ(1500円)でヴェイパーパッドに変更可能だ。
ただ、いくら高性能なパッドでも、設計者が意図した位置に装着されていなければ意味がない。ビオレーサーの自社工場では、逆さにしたマネキンに裏返しにしたショーツを被せた状態で、熟練の職人がパッドの位置を数ミリ単位で調整しながら最適な位置に装着する。
進化したコレクション
先述の通り、カスタムとコレクションは開発から製造まで完全に異なるため、シリーズ間に一貫性がなかった。カスタムウエアと作りが異なるコレクションを展開した当初は、「なぜビオレーサーのブランド名を冠しながらそんな共通性のないものを販売するのか」と各国からクレームがきたほどだという。
しかし2024モデルから、カスタムウエアの技術がコレクションにも採用されるようになり、コレクションの完成度が上がったうえ、カスタムとコレクションに統一性が出た。
その最たるものがクーリングジャージ。ポーラテック・デルタと呼ばれるニットのような凸凹のある生地を採用したもので、速乾性に優れており酷暑でも最高のパフォーマンスを引き出す。首周りの作りや背面の構造、ポケットの形状と素材などはEPIC譲りの仕様になっている。
これまでビオレーサー=オーダーウエアというイメージが強かったが、今年からは既製品であるコレクションにも注目である。
カスタムオーダーのハードル
手軽に購入できるコレクションだけでなく、カスタムウエアも進化した。
オーダージャージの欠点は、製作するにあたってハードルがあること。これまでオーダージャージは最低発注枚数が少なくなく、枚数が少ない場合はアップチャージが必要になるなど、小規模チームには優しくなかった。また、追加発注もある程度の枚数が揃わないと不可能で、チームへの新規加入があった場合に迅速に対応できなかった。
ビオレーサー・ジャパンは2024年にカスタムオーダーの新規・追加枚数のロット枚数を改訂。新規の場合は3枚から、追加の場合は1枚からオーダー可能とし、さらに低枚数によるアップチャージも設けない。これなら小規模チームでも、個人でもオーダーしやすくなる。対象となるのは、EPIC、ICON、トライウェアの全35アイテム。デザインは、データでの入稿のほか、手書きのイラストでもオーダー可能だ。さらに、完成したデザインは平面の2Dではなく、立体的にイメージをつかみやすい独自の3Dデータで確認可能。これによってデータ上のデザインと実際の仕上がりの差異を小さくしている。
カスタムジャージにおいては、なにも性能や品質や価格だけが進化のポイントではない。オーダーのプロセスを最適化し、「オリジナルのデザインでウエアを作る」ことのハードルを下げることも求められる。時代に合わせ、カスタムウエアもハードとソフトの両面で変化している。
特異な選手サポート
最後に、ビオレーサーのプロモーション手法について。
ウエアメーカーのプロモーションとして最も大きいのは、有力プロチームへのウエア供給だろう。レースの中継や選手インタビューでメーカーロゴが映り、「あのチームも着用する云々」とアピールもできる。
しかしビオレーサーは、プロチームにはサポートを行わないという方針だった。その理由は、「オリンピック選手にサポートをするほうがフィードバックを得やすいから」。オリンピックに出場するとなると、例外なくレベルの高い選手である。それに、ロードやトラックだけでなくMTBやBMXなど、様々な種目の選手が集まる。国のサポートを受けているため貪欲に結果を追求する。結果として、幅広い分野から質の高いフィードバックが得られるのである。
確かにプロチームに供給をしたほうが露出の機会は多くなり宣伝にもなるのだろうが、「勝つためのウエア作り」には、オリンピックや世界選手権に出場するナショナルチームとタッグを組むほうが有益なのだ。また、プロチームへのサポートを行うと、シーズン前に大量のアイテムを納品しなければならなくなり、お客さんへの納品が遅くなるという理由もある。
というわけで、現在ビオレーサーがサポートしているのは、ベルギーとドイツのナショナルチーム。昨年まではイネオスをサポートしていたが、2024シーズンはビオレーサーを着るプロチームはウノXのみとなった。ビジネスとしては決して器用な判断とは言えないかもしれないが、それがビオレーサーの行く道である。