石田眞大さんインタビュー ロードレースの安全性(前編)
ロードレースへの胸部プロテクター導入を提唱している選手がいる。早稲田大学自転車部に所属する石田眞大さん。2022年、鹿児島で行われたインカレ・ロードレースにて発生した落車死亡事故を間近で目撃したことをきっかけに、ロードレースにおける安全性に疑問を抱いた。彼へのインタビューを通し、ウエアによる安全性向上策を考える。(main photo:(c)gg_kasai)
スピードが恐ろしい理由
世の中のさまざまな物理現象には、その内訳を説明するための公式が存在する。
例えばこんなふうに。
K=(1/2)mv2
Kとは運動エネルギー。運動する物体が持つエネルギー量である。
mは物体の質量(重さ)、vは物体が移動する速度。
要するに、運動エネルギーは物体の重さに比例し、物体の速度の2乗に比例する。実はこれ、日本人は全員、中学校か高校の物理の授業で習ってます。
この“2乗”というのが厄介者で、自転車の場合、体重が2倍になっても運動エネルギーは2倍にしかならないが、スピードが2倍になれば運動エネルギーは4倍に、3倍になればなんと9倍になってしまう。
自転車では、ライダーはほぼ生身のまま外界に晒されているから、例えば壁に衝突した場合、運動エネルギーをコンマ数秒の間に体で受け止めなければならない。生々しい話だが、そのエネルギー量の大小によって、バイクが壊れるだけで済むのか、全治一カ月の怪我なのか、致命傷になってしまうのか、が決まるのだ。
2倍どころかママチャリの5倍6倍7倍のスピードで走ることもあるロードレースでは、ママチャリの40倍50倍のエネルギーを内包している。当然、転倒したり衝突したときに体が受ける衝撃も、40倍50倍になる。スピードが、レースが危険だと言われる所以だ。
そのロードレースやロードバイクの世界では、ヘルメットが普及し一般化したことで頭部の保護はある程度進んでいる。近年は、軽さよりもMIPSなどの安全性が重視される傾向にもある。
しかし、ウエアはどうだろう。いまだに薄布一枚で、保護性能はないに等しい。
果たしてそのままでいいのか。
あの事故の数十m後ろで
先日公開した記事(ビオレーサーのCEOに聞く「”いいウエア”って、何ですか?」)の中で、ビオレーサーのCEO、ダニー・シーガーズ氏が「『ライダーの保護』が(自転車用ウエアの)次の進化となる可能性があります。もちろんUCIルールとの兼ね合いもありますが、遅かれ早かれ『安全性』に関してはウエア界で革命が起きるでしょう。ちなみに、当社はすでに安全性に関する取り組みを始めています」と発言されていた。それを受け、ビオレーサーメディアはある人物に取材を行うことにした。
石田眞大さん。早稲田大学に在籍する学生レーサーである。ご両親がトライアスロンやヒルクライムを楽しむサイクリストだったため、幼少の頃から自転車に馴染みがあった石田さんは、中学生のときにロードバイクに乗り始め、高校から本格的にレースを開始。当初はヒルクライム中心だったが、ラバネロに所属してJBCFに参戦、一時はプロを目指して走っていた。高校2年で全日本のアンダー17でTT・ロードレースともに入賞を果たし、翌年にはJBCFのユースツアーでシリーズ総合2位を獲得、大学へ進学後も自転車部に所属してレース活動を続ける。現在は、進学などで忙しく1年ほどレースからは遠ざかっているというが、2022年から自身のnoteである発信をされており、メーカー担当者、ジャーナリスト、メディア編集者など、有識者の間でも話題になっている。
「きっかけは、2022年に行われたインカレロードで発生した落車による死亡事故です。落車が発生したとき、僕はその事故で亡くなってしまった選手からわずか数十m後ろを走っていました。自身は無事だったものの、チームメイトや友人が同じ落車に巻き込まれました。亡くなってしまった選手とは直接の面識こそありませんでしたが、高校時代から同じカテゴリでよく名前を見かける強い選手という認識はありました。チームには彼と3年間寮生活を共にしていた選手もおり、事故後の彼の様子を見て、自分が亡くなった選手や彼の立ち位置にいても全くおかしくなかったのだと気付いたときに、『あの場に居た選手としてなにかできることはないか』と考えたんです」
「加えて、“学生レースの死亡事故”ということで、一般メディアでもセンセーショナルに報道され、普段あまり自転車競技に触れない人々にまで拡散されました。そのせいもあってか、憶測による選手やロードレース自体へ否定的な意見が書かれたりもして、現場にいなかった人が冷静に現場の状況を把握しづらい状況にありました。そこで、『あの事故を近い場所で見ていた自分が記録を残すことは、冷静に事故を振り返って対策を立てるためにも、選手の死を無駄にしないためにも、必要なんじゃないか』と考えて、まずは事故についてのnoteを書いたんです」
プロテクターの可能性
「記事を書くにあたって調べものをするなかで、『なぜロードレースはこんなに危険なのに選手はプロテクターを付けないのか』とい意見をいくつか目にしました。それに対して『ロードレースは真夏でも何時間も走り続けるスポーツで、暑く重く動きづらいプロテクターは採用されないんだ』という返答が多く付いており、これが当時のプロテクターに対する多数派意見であったと思います。僕もそれまで競技者としてその意見に納得していたのですが、ふと『プロテクターがロードレースで本当に使えないって、いつ、誰が確かめたんだろう』と疑問に思ったんです。関連しそうなワードで検索しても、レースで実際に試したという情報は見つかりませんでした」
「もしかしたら“プロテクターは暑くて重くて動きづらい”というのは先入観に過ぎず、業界全体で食わず嫌いをしている状態なんじゃないかと。もしプロテクターが死亡事故への対策として有効であるなら、導入の可能性を探ろうともしないのは怠慢であり、命を守れる可能性を無視していることになるのではないかと。そこで、競技者である自分が検証をしてみることにしました」
そうして、石田さんは実際にプロテクターをいくつか購入され、ライドだけでなく、レースでも使われている。それらのレポートは彼のnoteに詳しい(ロードレースとプロテクター:アンケート考察・ファーストインプレッション編/ロードレースとプロテクター:レース編ほか/ロードレースとプロテクター:続レース編・普及の未来(?)編/ロードレースとプロテクター:プロテクター比較インプレッション編/ロードレースとプロテクター:検証の現在地編)。
“同じカテゴリで闘ってきたライバルの事故死”という衝撃的な出来事がきっかけになったにもかかわらず、感情に流されることなく、冷静に検証と分析をされている。他にはない貴重な情報である。ぜひご一読いただきたい。
「総論としては、少なくとも、夏以外の3シーズンに関しては『プロテクターは使える』と感じました。あくまで僕の主観ですが、夏でも30度くらいまでなら問題なく使えますし、34度まで達したレースでも使いましたが、そこまで悪影響を感じませんでした。冬や雨の日ならむしろ保温になります。記事を公開する前は批判の嵐に晒されるのかと身構えていましたが、意外と好意的な意見も多く、『私もレースで導入してみました』というコメントもいくつかいただきました」
「一方で、ロードレースには不適切だという意見も根強くありますし、僕が使用したプロテクターは主に胸部・腹部・背中・腰を保護するものですが、『保護する部位が違うのではないか』『頸部を守るべきではないか』という意見もありました」
保護部位に関しては、筆者も疑問に思ったところである。しかし石田さんはそこもしっかりと考えられていた。