石田眞大さんインタビュー ロードレースの安全性(後編)
ロードレースへの胸部プロテクター導入を提唱している選手がいる。早稲田大学自転車部に所属する石田眞大さん。2022年、鹿児島で行われたインカレ・ロードレースにて発生した落車死亡事故を間近で目撃したことをきっかけに、ロードレースにおける安全性に疑問を抱いた。彼へのインタビューを通し、ウエアによる安全性向上策を考える。
スタートラインに立っていない
「警視庁が発表しているデータでは、自転車乗用中の死者の損傷部位の割合は、頭部が64.9%、次に胸部で16.9%、頸部は4.0%となっています。ただし、自転車を趣味とするサイクリストに対象を絞ると、ヘルメットの着用率がかなり上がるので、頭部の割合は少なくなり、そのぶん他の部位の割合が大きくなると思われます。これらの数字は集計期間や団体によってもブレが生じますが、いくつかのデータを総合して考えた場合でも、自転車乗用中の死亡事故においては、頭の次に胸部の損傷が死亡の主因となりやすく、頸部損傷を主因とする死亡事故は胸部の場合ほど多くならないという傾向が見て取れます」
この割合を考えると、ヘルメットの次に上体を保護するプロテクター、という優先順位は間違っていないと思われる。
「今後は、プロテクターを装着することでどれほどの効果があるのかも検証していく必要があります。オートバイの業界団体による実験では、重症になり得る衝撃を胸部に受けたとき、プロテクターの有無によって重症化判定の割合が半分程度になる場合もあるようです。高速道路における二輪車の事故では、胸部プロテクターの有無によって死亡率が1.5倍も変わってくるという警察庁の統計データもあります」
「自転車におけるヘルメットの着用状況による致死率を調べてみると、着用している場合と比較して、着用していない場合の致死率は1.9~2.7倍となっています(参考データ①、参考データ②)。オートバイ用プロテクターのデータなどを参考にしつつ、部位ごとの発生件数の差異なども考慮に入れた個人的な予測では、プロテクターを着用することにより、死亡事故全体に対してヘルメットの半分程度の死亡者数低減効果を見込めるのではないかと考えています。もちろん自転車でのプロテクター運用のデータが集まらない限り、確かなことは言えませんが」
現在、石田さんは「PROTECT CYCLISTS」というサイトを立ち上げ、ロードレースの安全性向上・プロテクターの着用推進などの活動を行っている。この活動に賛同するウィンスペース・ジャパンから提供された深部体温計「CORE」を用いて、プロテクターを使用した際の体温の変化やパフォーマンスへの影響など、中長期的な実験をしている最中だという。
「ヘルメットが普及した際の話を引き合いに出して、『プロテクターの普及にはUCI による義務化が必要だ』という意見もあります。しかし、プロレースにおいてヘルメットが義務化された2004年から約30年も前、1970年代には頭を保護するカスクがありました。またヘルメット必要・不要論の議論が本格化する前に、すでに今のヘルメットと同じ構造のものが開発されていました。このように、ヘルメットの場合は義務化に先んじて自転車用ヘルメットが開発され、また供給体制も整えられていたのです。現状、プロテクターはヘルメットのような議論が行われる段階に達していません。ロードバイク用に特化したプロテクターが存在しませんし、当然ながら近くの自転車店に行って手軽にプロテクターを試着・購入するということもできません」
「最終的にヘルメットレベルの普及を求めるのであれば、どこかの段階でUCIルール化は必要になります。プロテクターを付けることでパフォーマンスが上がることはなく、影響の感じ方に個人差はあれど、重量や動きやすさ、通気性の面でパフォーマンスは下がってしまいます。それでもレーサーの方々に受け入れてもらうには、UCIの強制力に頼らなければいけないとは思います」
「UCIとしても安全性に対する取り組みを活発に行っていますし、昨年にはロードレースの安全性向上を目指す『sefeR(SafeRoadcycling)』という組織が設立されました。でも、今はプロテクターのルール化に関する議論をするための条件(効果の検証、商品化、販売、ある程度の普及)が全くそろっていません。今すべきなのは座してUCIが動くのを待つことではなく、スタートラインに立つための活動であると思います。PROTECT CYCLISTSの活動やビオレーサーさんによる安全性に関する取り組みといったものは、この『スタートラインに立つ』ために必要なものなんです」
今後は、プロテクターを付けることで走行性能にどれほど影響があるのか、風洞実験などで空力性能の悪化もしくは良化がどれほどなのか、などを検証していく予定だという。
ウエアメーカーの義務
「今後、自転車用ウエアメーカーには、命を守るプロテクション機能を持ったウエアや、脚や腕の怪我を防止する耐切創生地を採用したウエアの開発を期待したいですね。腕や脚に関してはUCIルールとの折り合いもあるので簡単ではないと思いますが。また直接的に体を守るものではないですが、身体を冷却する効果を持つビオレーサーのインタークーラーのようなタイプの製品はプロテクターと相性がいいと思うんです。インタークーラーは僕も購入して、一番下にインタークーラー、その上にプロテクター、最後にジャージという組み合わせで走ってみたんですが、夏にもかかわらずインタークーラーの冷却性能のおかげでジャージ一枚のみよりも快適だと感じました。プロテクターをクーラーベストと併用すると、暑さというデメリットを打ち消しつつ安全性を向上させられる可能性があります」
「プロテクターやヘルメットは落車が起きたときのためのもの(パッシブセーフティ)ですが、選手のスキルアップ、レースの運営方法の見直し、コースの整備など、そもそも落車が起きないようにすること(アクティブセーフティ)も大切です。落車や事故を減らしつつ、落車したときの怪我や死亡の確率を抑えることは、乗算式に死亡率や重症率を減らすことになります。今後、プロテクターだけでなく、安全に対する多角的な議論がなされるようになるのが僕の願いです」
スピードの魔力には逆らえないから
人生から危険を完全に排除したいなら、乗り物になんか乗らなければいい。家から一歩も出ないほうがいい。例えばモータースポーツ。あんな危険な競技、安全を第一に考えるなら今すぐやめてしまったほうがいい。
しかし、人間は「競う魅力」「走る楽しさ」「スピードの魔力」にはどうしたって逆らえない。だからF1では、マシン自体の安全性能の向上やスピードの抑制、サーキットの改修(シケイン追加、ランオフエリアの拡大、タイヤバリアとその固定方法の見直し)に加え、レーシングスーツの進化、生体計測グローブの装着、医療体制の構築、HANSデバイスやHALOシステムの導入など、幾度も幾重にも安全対策を施している。そして、その多くはドライバーの事故死という悲劇がきっかけだった。
我々は自転車で颯爽と走ることに魅せられてしまった人種だ。選手たちはその自転車でライバルと競うことに魅せられてしまった人種だ。それを今さら止めることはできない。だからこそ安全のことをもっと真摯に考えなければならない。国内外のロードレース界で悲しい事故が相次いでいる今が、そのときかもしれない。
自転車に限らず、一つの物事に長く関わっているとどんどん頭が固くなるものだ。自転車用ウエアに関しても、多くのサイクリストが「自転車用ウエアは薄布一枚が当たり前」と思い込んでしまっている。ウエアにプロテクション機能が必要かどうかにすら考えが及ばない。そこに疑問を投げかけてくれたのが石田さんである。
「ロードレースを楽しむ皆さんが、安全により興味をもってくれるようになるといいと思います。レースというものは、出場するだけで家族や友人など周りの人を心配させてしまうものです。安全性に対する意識を高めることは、周囲の人達のためにもなるんです」
この聡明な青年の活動が続くことを願うとともに、彼の言葉と願いがウエアメーカーに届くことを期待する。ウエアメーカーが国境やメーカー間の垣根をとっぱらって結束し、その開発力をもって、「ウエアによる安全性向上」を模索してほしい。
最後に、日本学生自転車競技連盟が発表したインカレ・ロードレース事故経過報告書に掲載された、お亡くなりになられた塩谷真一朗さんのお父様のコメントをここに掲載する。
「息子の死は残念だが、この事故が原因となり、今後の自転車競技が萎縮して行くことは私も息子も望んでいない。息子の死が無駄にならないように安全性を高めて競技を再開し、前に進んで行ってほしい」
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