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フルブリーズ開発ストーリー(後編) イネオスの奇跡

フルブリーズ開発ストーリー(後編) イネオスの奇跡

2024年2月、ビオレーサー・ジャパンは、一着のエアロスーツを発表した。正式名称は「EPIC フルブリーズ ロードレースエアロスーツ」とかなり長いので、社内ではシンプルにフルブリーズと呼んでいる。実はこのフルブリーズ、本国主導で開発させ世界中で販売される製品ではなく、「日本のヒルクライマー」をターゲットに絞ったビオレーサー・ジャパン企画の日本独自モデルである。その開発譚を日本の担当者に話を聞いた。後半では、“究極のヒルクライム用エアロスーツ”の完成までを追った。

※前編はこちら

「イネオスフィット、使う?」

――フィッティングで悩んでいたときに、ビオレーサー本社から「イネオス用に開発したフィッティングがあるから使うか?」と連絡がきた、というお話でした。

開発担当者O:はい。「今年でイネオスとの契約が切れるから、イネオス用に開発した“イネオスフィット”が使えるけど、どうする?」と連絡がきて、「マジか!!」と。

――ちなみに“イネオスフィット”って、どんなものですか?

O:もちろんイネオスのメンバー用のウエアは個人個人に合わせた完全カスタムメイドなんですが、ベースとなるフィッティングが存在するんです。そのフィットをベースにして、トーマス・ピドコック用、ゲラント・トーマス用……というように作り分けていく。それがイネオスフィット。既存品とは全く違うフィッティングで、本来は極秘中の極秘、一般には出回らないものです。それが使える、と。

――しかもそれを日本独自モデルに使ってくれるとは。すごい話ですね。

O:本社とビオレーサー・ジャパンとの信頼関係があったからだと思います。早速サンプル品を送ってもらい検討したところ、このイネオスフィットが細身の日本人クライマーにぴったりでした。他のモデルに比べてウエストと肩回りは細くなっていて、全体的に絞られていますが、生地が伸縮性に富んだメッシュなのでワンサイズ下げるほどではなく、「適度に締まっている」という感じ。「ぜひこれを使わせてくれ」と即答し、世界で初めてカスタムウエアをイネオスフィットで作れることになりました。

細部の調整にも一苦労

O:このイネオスフィットに助けられた部分は大きく、フィット感には満足していたんですが、細部の微調整は必要でした。

――というのは?

O:まず、ポケットの増量です。バックポケットは「EPIC TOKYO GR+ ロードレースエアロスーツ」と同じメッシュ素材にしました。通常の生地より軽くなるうえ、メッシュにすればレースでゼッケンを入れられるので、高価なウエアに安全ピンで穴をあけずにすみます。また、通常の3ポケットだと一つ一つのポケットが小さくなってしまうため、2ポケットにして一つあたりの大きさを確保しました。それだと容量が不足するので、ポケットをダブルにして合計4つに。それでも「ポケットが小さい」というフィードバックがあったので、さらにポケットのサイズを大きくして増量しました。

O:あとは袖の改良。袖には苦労しましたね。

――袖?

O:前編で、袖にもメッシュ生地を採用したと言いましたが、そのメッシュ生地を使った試作品の袖口に折りと縫製が入ってしまって、着心地がよくありませんでした。肌当たりがちょっとゴロゴロするんです。本社に「切りっぱなしにはできないのか」と聞いたところ、「メッシュ生地はほつれてしまうからどうしても縫製は必要だ」と。そこで、タイミングよくベルギーに行くというビオレーサー・ジャパン代表の和田に試作品を託して、本社のプロトラボで何度も調整をしてもらい、特殊な縫い方を採用してもらって解決しました。ベルギーに同行した高岡さん(RX BIKE/Roppongi Express代表の高岡亮寛氏)にもその場で試着してもらってOKをもらい、袖はこれでいこうと。本国の担当者と何度もやり取りをしながら、襟元の形状など各所を微調整し、1年ほどをかけて完成させました。

“山の求道者”たちへ

――ビオレーサーにとって、ヨーロッパに比べると日本市場の規模はそこまで大きくないような気もしますが、よく本社がここまで要望を聞いてくれましたね。

O:日本の人口からすると、ビオレーサーの売り上げ比率は他国に比べても結構いいんです。アジアの中ではかなり高い。

――そうでしたか。失礼しました(笑)。

O:いえいえ。さらに、日頃から本国とジャパンとの間でコミュニケーションをよくとっており、常に細かいフィードバックを出し続けているという信頼関係が大きいと思います。とはいえ、ビオレーサーが一国のために独自のモデルを作るのはかなりのレアケースです。しかも、イネオスの恩恵を受けられるとは思いませんでした(笑)。

――やっと完成したわけですが、感想は。

O:今まで企画や開発で何度も失敗してきましたが(笑)、今回は“イネオスの奇跡”もあってうまくいきました。かなりいいものに仕上がりました。自信を持ってお勧めできます。最初は不安でしたけどね。いくらイネオスフィットだと言っても、一般サイクリストが着たら全然ダメだった、ということは起こり得るわけです。フィッティングに絶対の正解ってありませんから。だからめちゃくちゃ安心してます。価格はカスタムで4万円を切れたので、GR+の約6万からは大幅に下げることができましたし。ちなみに、既製品としてジャパンオリジナルデザインのコレクション版フルブリーズも販売します。

――では最後に、開発担当者として一言。

O:メーカーとしてこういうことを言っていいのか分かりませんが、このフルブリーズは「どんな人にも着ていただける」というものではありません。レース用にタイトフィットにしてあり、前傾姿勢でこそ真価を発揮します。快適性も高いですが、その快適性とはファンライドに適したものではなく、あくまで決戦用。ストイックなクライマーに向けたものなので、日々研鑽を積んで自分との闘いをしている人たちに着てもらいたいと思います。そんなクライマーの方々の走りにウエアとして少しでも貢献できるなら、開発担当者としてそれほど幸せなことはありません。

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