ARise Performance・市川達也氏インタビュー(前編)/ホイールの在り方とは
アライズパフォーマンス。略してARP。最近やたらと耳にするホイールである。決してビッグメーカーではなく、個人のホイールビルダーの手によるものだが、有力なハイアマチュアたちがこぞって使い始めた。富士ヒル。乗鞍。おきなわ。ふくしま。ニセコクラシック。ヒルクライマー/ホビーレーサーたちの甲子園と言われるビッグレースで上位入賞多数。人気がありすぎて一時は受注をストップしていたほどだ。ブランド立ち上げから10年が経つ今年は、富士ヒルでRoppongi Expressの大前翔選手がアライズパフォーマンスのホイールを使って優勝したことも話題となった。ビルダーの市川氏はどんな人物なのか。なぜここまで支持を得るようになったのか。浦和美園にある工房兼自宅にて、ご本人にお話しを伺った。
趣味のために働く
さいたま市は彩湖の近くで生まれ育った。
「勉強が好きなタイプではなかったので、高校出たらすぐ働いて、稼ぎながら趣味をやりたいなと」
饒舌に語るタイプではない。自慢話をするタイプでもない。物静かな人だ。
趣味とは車である。FD(マツダの3代目RX-7のこと)を買い、自分で手を入れながら走っていた。平行して、学生の頃からやっていた音楽にも没頭していた。
「FDのエンジンはロータリーなのでいじれる箇所は少ないんですが、足回りや吸排気系を変えるライトチューンで遊んでいました。でも当時すでに型落ちの車だったので、パーツの入手性がどんどん悪くなってきて、維持するのが大変になって手放してしまったんです。そこで音楽がメインになりましたが、自分の車がなくなると悲しいわけですよ。やっぱ乗り物は欲しいなと、1~2年でオートバイを買いました。やっぱり乗り物が好きなんですね」
オートバイではときどきサーキット走行を楽しんでいたというが、最近はなかなか時間が取れないうえ、怪我をするとホイールが組めなくなるリスクもあるので、ここ数年は行けていないという。
「しかし今から思えば、ずっと趣味のために生きてきましたね。趣味の時間を捻出できる仕事を選んで、趣味のために稼ぐ毎日でした」
自転車と出会う
その頃からお父様が経営される技術系の会社で働き始める。
「家から会社まで、車だと1時間ぐらいかかるんですよ。自転車で通勤すれば、その時間を運動不足解消に充てられるかな、と」
そしてロードバイクを買う。それが自転車を始めたきっかけだが、機械好き・モノ好きの市川さんである。当然、自転車にもはまる。
「自転車を始めたら、これが面白いんですよね。自転車って自分で組めるんだ!と知って、2台目からフレームを買って、自分で組みました。その1ヶ月後にはホイールも組めるんだ!と知って、自分でホイールを組みはじめました」
このホイールが市川さんを虜にした。
「リムとスポークの種類、スポーク本数、組み方、テンションなどを変えると性能がどう変わるのかをいろいろ自分で試せるじゃないですか。それが面白くて。『次の一本はお金をかけていいスペックで組んでみよう』とか、『自分の好きなパーツで組んでもこんぐらいの金額で済むんだ』とかね。当時だと、ボーラワンが15万、ボーラウルトラだと25万くらいかな。ライトウェイトあたりになると50万以上ですよね。ハイエンド完組ホイールがそういう価格の中で、『自分に合うものを自分で作れてこの金額で済むんだ』と、ホイール組みにはまりました。海外通販でリムメーカーやハブメーカーを探して仕入れて、『この工場のハブはだめだ』『このリムメーカーの品質はいいな』と。ホイールを組む作業そのものも楽しかったですね」
これはもう市川さんの性分である。機械を知りたい。触りたい。作りたい。構成する部品を変えたら走りがどう変わるのかを体験したい。そしてもっと深く理解したい、という。
「機械はいじる方が好きなんです。機械をベストな状態にして乗ってみて、『やっぱりいいな』って言って満足するタイプ。自転車はベストな状態じゃなくても乗れるんだけど、なんか気持ち悪いでしょう。ベストな状態にして走った方が気持ちいい」

ホイールビルダーへ
そうこうしているうちに自転車仲間が増えてきた。自然と、仲間のホイールを触ったり組んだり……ということになる。よくあるパターンではある。
「そのうち、仲間がどんどん知り合いを連れてくるわけです。『ちょっとコイツに組んでやってよ』『テンション見てやってくれない?』みたいな。そうこうしてると、どうすればどういう特性になるかをなんとなくつかめるようになりました。そこで、ホイールブランドとしてアライズパフォーマンスを作ったんです。ちょうど10年前かな。今年(2026年)の10月か11月で10周年ですね」
しかし大抵は趣味で終わる。それをビジネスとしてやっていこうと思ったきっかけとは。
「最初は趣味でやってたようなものですよ。日中の仕事をしつつ、土日を使ってお客さんの対応をしてました。だって当時は月に1、2本でしたからね。仕事をしながら全然できたんですよ。趣味を兼ねた副業です」
意図せぬ転機
転機は2024年に訪れる。
「えーぞうさん(アマチュアホビーレースチーム、EMU SPEEDCLUBの代表。ビオレーサードリームチームのアンバサダーでもある)がYouTubeでうちのホイールを紹介してくれて、それがすさまじい勢いで拡散されたんです。それでオーダーが急に増えました。当時はまだ会社勤めをしていたので、昼間は働いて、寝る間も惜しんで組みました。『富士ヒルまでに何とかしてください』みたいな(笑)。それが2024~25年。体力的には一番つらかったですが、皆さんに知ってもらえたことは嬉しかったですね」
勤務する会社は特殊な金属加工を主な業務とするもので、市川さんにしかできない仕事もたくさんあったという。それをこなしながら必死にホイールを組んだ。しかし副業というには無理をきたしはじめた。オーダー数が膨れ上がったのである。
「今はもうほぼこっち(ホイール組み)ですね。一応会社に籍はおいており、どうしても私じゃないと無理っていう仕事だけをやりに行ってます」
趣味に生きてきた市川さんは、ついに趣味を仕事にしたのである。

ARPの真骨頂
寝る間を惜しんで組んだ甲斐あり、ARPのステッカーを貼ったホイールはここ1、2年で急増した。特にホビーレース界ではトップ選手たちがこぞって使うようになった。伸び率では自転車業界いちかもしれない。えーぞうさんが動画にしたとはいえ、ものが悪ければここまで広まらないだろう。ここまで支持されるようになった理由は?
「なんでしょうね……最適化が大きいのかな」
“最適化”とは、テンションを調整してユーザー一人ひとりに合わせる、“ホイールのパーソナルフィッティング作業”である。
「例えばオートバイでサーキットを走るときは、買った状態のままということはあり得ません。サスペンションや空気圧のセッティングは、必ず走る当日に行います。気温、湿度、路面温度などが時期や時間帯によって変わるので、ライダーの乗り方とそのときの状況に合わせないと絶対に速くは走れないんですよ。状況だけでなく、走り方によってもセッティングは変わります。同じコースでも、ブレーキングでどこまで深く突っ込むのかや、コーナーの立ち上がりのスロットルワークの癖によって、最適なセッティングは変わってくるんです。やって当然の作業ですが、自転車ではそこが抜け落ちてるんですね」
「それは自転車のホイールも同じはずなんです。でも完組ホイールは、いろんな体重の人、いろんな技術の人、いろんな走り方の人が吊るしのまま、同じセッティングのまま乗ってる。それはおかしいと思うんです。調整しないと絶対に合わない。だから私は特別なことをしているわけではなくて、やって当たり前の作業。今後はそれがスタンダードになっていくべきだと思っています」
乗り手の体重が20kg変わったとしても、車やオートバイであれば総重量に対する変化率は数%から多くて十%ほどである。しかし自転車は車重が6kg7kgの世界だから、乗り手の重量差が非常に大きく出る。もしかしたら、車やオートバイよりも個々に合わせる最適化をしっかりすべき乗り物なのかもしれない。

大量のカルテ
一人ひとりに合わせるというアライズパフォーマンスのホイール。遠方のお客さんからオーダーを受ける際はどうしているのか。
「まず整理番号を取得してもらって順番待ちをしていただいてます。それから、わりと詳細なオーダーフォームを記入してもらいます。ホイールに関する問診票みたいなものですね。順番が回ってきたら、リモートで1時間ほどかけてヒアリングを行います。体重、乗り方、目的などに加えて、今使ってるホイール、フレーム、ホイールにどんな印象を抱いているか、どんな不満があるか、などですね。Web問診です」
「そうしてお客さんの様々な情報から、『そのフレームとそのホイールの組み合わせでそう感じるのであれば、剛性はこれくらいがいいだろう』と当たりをつけ、暫定的に組んで出荷して、実際に乗ってもらいます。それで満足という方もいれば、テンションの上げ下げを希望される方もいます。その場合は返送してもらって、要望に合わせて微調整して、また送りなおします」
その際は、単に<もっと硬く/柔らかくしいてほしいと言われる→テンションを上げる/下げる>という単純な話ではないという。
「具体的にどんな不満があるかを掘っていくと、お客さんの要望とは逆のセッティングが正解になることも多いんですよ。だからお客さんの要望をそのまま反映するのではなく、『具体的にどういうシチュエーションでどういうネガを感じるか』をヒアリングします。『平坦は気持ちよいが、急坂を登る際に力が逃げている感じがする』『実重量は軽いのに走っていて重さを感じる』など具体的な不満を伝えていただき、『それなら恐らくこういう理由でそう感じていると考えられるので、こういう方向で調整してみましょう』とウチの方から調整内容を提案します」
どこまでも真摯で真面目だ。知り合いのアライズユーザーは、「納品後も数回テンションの調整をしてもらった。それによって自分の目的や走り方やフレームにどんどんフィットしていった」と言っていた。現代の手組ホイールというと、どんなリムとスポークとハブを使っているか、○gに仕上がっているか、それで○万円になるか、という数値に着目しがちだが、アライズの真骨頂はその最適化である。

工房内には大量のファイルが置かれていた。お客さん一人ひとりの情報が記載された”ホイールのカルテ”だ。
「一番重要なのは最適化。テンションをその人に合わせること。それって、フレームのサイズ選びとかポジショニングと同じだと思うんです。スーパーシックスEVOはいいフレームだけど、身長160cmなのに54サイズに無理して乗ってもいいわけがない。フレームサイズが合っていたとしても、ポジションが出ていなければ意味がない。ホイールもそれと同じです」
しかしその最適化は目に見えない。目に見えないということは分かりにくいということであり、商品力にはなりにくい。しかも今はいわゆる中華系ホイールがすさまじいスペックのホイールを十万円台で売る時代である。しかし、トップアマチュア含めここまで支持されているということは、走りにそれだけの魅力があるのだろう。
(後編に続く)
