プロトライアスリートとして幅広い活躍をしているビオレーサーファミリーの篠崎友さんは、実業団選手として活動するなど、自転車に魅せられたサイクリストでもある。現在はサポートチーム「モンスタートライアスロンクラブ」の代表として、トライアスロンの発展とスポーツのあるライフスタイルの提案に力を入れている。そんな篠崎さんに「これまで」と「これから」を聞いた。
自転車にもはまる
小学校から高校までは野球をメインに、水泳やマラソンなどのスポーツをしていた。しかし、そこまで目立つ経歴はなかったという。トライアスロンを始めたのは大学に入ってから。所属したのは日本体育大学のトライアスロン部。日体大に入ったのは、体育教師になるためだった。
「うちは両親とも学校勤めで、父親が体育教師なんです。4人兄弟で兄も体育教師。自分で3人目の日体大です」
スポーツ一家というわけだが、なぜトライアスロン部を選んだのか。
「持久系スポーツに適性があったことと、高校までずっと団体競技をやっていたので、個人競技を経験したいと考えたんです。それに、『トライアスロン=大学から始められるスポーツ』であることも大きかったですね。小中高からトライアスロンをやっている人はほとんどいません。陸上、マラソン、自転車なども持久系スポーツですが、それらは小さい頃からやっている人たちがたくさんいます」
これならチャンスがあるかも、と始めたトライアスロンだったが、篠崎さんにとっての鬼門は自転車だった。
「水泳やマラソンは多少経験がありましたが、自転車は全くの素人でした。大学1年のゴールデンウィークに自転車を買ったんです。シューズもウエアも全部セットで10万円。フレームもフォークもアルミのバイクで、9速の105でした」
いきなり合宿で練習開始。最初は30km/hを出すのも怖かったという。しかし、篠崎さんは後に、その自転車にがっつりはまることになる。

プロトライアスリートへ
「最初から上りはそこそこ速かったんです。始めたばかりの頃、先輩に連れていってもらった和田峠で先輩より速く走れて、『お前、上り強いな』ということで、先輩から誘われてロードレースを始めました。大学3年のとき、トライアスロンのバイクパートの練習のために自転車の実業団登録をしたんです。BR2からスタートして、鈴木真理さんがめちゃくちゃ強かった時代のシマノレーシングと一緒にレースを走ってました。トライアスロンとは違った楽しさがありましたね」
「最初の実業団レースが3day’s Road熊野だったんですが、ヤジがすごくて関西のチームがめちゃくちゃ怖くて(笑)。トライアスロンとは全然空気が違うなと。そのスリルに魅了されました。チームで一緒に走るところも面白かったですね。1回だけ小川村でBR1で7位に入れたのかな。オーベストの西谷さんが優勝したときですね。結局、実業団は10年くらい走りました。BR1で頑張って完走を目指すというレベルでしたけど」
そうして自転車競技とトライアスロンを並行しながら大学生活を送る。
「卒業したら体育教師になろうと決めていたんですが、自分が卒業する年は採用がすごく少ない就職難の時代だったんです。そんな厳しい事情と、期間限定でもいいからロングディスタンスに専念してみたいという想いが重なり、卒業後、2006年からトライアスロン競技に専念することにしました」
ご家族は心配こそすれ、反対はしなかったという。
「まあ4人も兄弟がいるので、1人ぐらいそんなのがいてもいいだろうと思ってくれたんじゃないかと(笑)」

トライアスロンの魅力
自転車だけでも、機材を揃えたりトレーニングをしたりレース遠征をしたりとなかなかハードだ。それにスイムもランも加わるトライアスロンは、相当ハードルが高い世界だといえる。篠崎さんが考えるトライアスロンの魅力とは。
「練習に充てられる時間って、社会人であればみんなそれほど変わりませんよね。メインで練習できるのは土日の週末。あとは朝練と夜練ができるかどうか、という。そんな限られた時間の中で、3種目を組み合わせて1週間のトレーニングスケジュールを立てていくのがトライアスロンの特殊性です。競技力を改善したいと思ったら、スケジュールを組み立てるところからスタート。『○曜日の朝はスイムに行って、○曜日はこのスクールに行って、今週はこの時間が空くから新しく筋トレを取り入れてみよう』というように、自分自身を実験台にしていろんな工夫するのがトライアスロンならではの楽しさかなと」

「もう1つは人との関わりです。3種目あるぶん、よりたくさんの人と関われるところがトライアスロンのいいところ。また、トライアスロンからフルマラソン、トレラン、水泳での海峡横断など、違う方向に進んでいく人もいます。そんな多様性もトライアスロンの魅力だと思います。自分も自転車好きなので、岩岳とか富士見パノラマにダウンヒルを楽しみに行くことがあります。今年は大滝に出ます。いつかアンバウンドとかニュルブルクリンク24時間耐久自転車レースにも出てみたいですね」

トライアスロンがある人生を
現在は相模原の津久井に拠点を置き、プロトライアスリート活動と共に、2011年にサポートチーム「モンスタートライアスロンクラブ」を設立。現在は代表を務め、コーチとしてメンバーの指導をしながら、今も競技を続けている。
「当初の目標は『アイアンマンハワイでトップテンに入る』でしたが、43歳になった今、正直そこはもう難しくなってます」
では、現在の新たな目標とは。
「トライアスロンをやっている人のボリュームゾーンは50代なんですが、僕が40を超えても頑張ることで、彼らに勇気を与えるような存在になりたいというのが今の目標です。それに加えて、競技という面以外のトライアスロンの魅力も伝えられるようになるといいですね。家族と一緒に旅行がてら大会に出場したり、家族に応援されながらトライアスロンを頑張るという、ライフスタイルとしてのトライアスロンとの関わり方のモデルケースを提案できればいいなと」

トライアスロンはあくまで競技であり、篠崎さんも競技として取り組まれているが、篠崎さんの目は、「どの大会で何位になる」というよりもっと遠くを見ているように思える。
「クラブのメンバーには、トライアスロンを通じて幸せな人生を送ってほしいんです。よく考えるとトライアスロンって特殊なんですよ。サイクリストって、もちろんレースに出る人もたくさんいますが、ただサイクリングを楽しむだけの人も多いですよね。でもトライアスロンをやってる人って、みんな何かしらの大会には出るんです。大会には出ないけどトライアスロンをやってますっていう人はほぼいない」
「レースに出ると、どうしてもみんなどんどん上を目指すようになります。それはすごくいいことなんですが、60代70代になっても結果を求め続けるのは過酷かもしれません。なので、健康でトライアスロンを継続していくこと自体がすごく幸せで意味があることなんだということに気付いてほしいと思います」

スポーツをする意味
「海を泳ぐシンプルな楽しさ。景色を見ながら自転車に乗る喜び。気持ちいい気候の中でランをする幸せ。それらを改めて実感しながら、トライアスロンを生涯スポーツとして続けてほしいと思います。『この練習がタイムに反映されなきゃやる意味がない』って思っちゃうと、どの種目も面白くなくなって、続けるのが辛くなっちゃう。『トライアスロンは結果だけじゃないですよね?』という問いかけをしていきたい。もちろん、競技成績を目指してタイムを削るのも楽しみの1つなので、そういう人はガンガンやってもらいたいんですが、その一方向じゃないということですね」

「僕としては、今は競技を頑張って成績をしっかり出して、勝てるレースには勝ちにいきます。今、子供が1歳なんですが、競技に真面目に取り組んでいる姿を見せながら、子供の成長と共に一緒にトライアスロンを楽しみたいですね」
筆者の上から目線の感想で申し訳ないが、アスリートとして素晴らしい活動方針だと思う。「俺/私がレースで活躍する。世界と戦う。表彰台の真ん中に立って見せる。それを見てくれ、応援してくれ」という選手も素晴らしい。しかし、篠崎さんのように「成績を追い求めるだけでなく、それによって人生を豊かにしよう」という提案もまた、同じくらいに素晴らしい。

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