Mt.富士ヒルクライム2024レポート ドリームチームの意味と価値
夢や目標を持ち、それに挑戦するアマチュアチーム、ビオレーサー・ドリームチーム。2024年6月2日、彼らのステージである富士ヒルが開催され、メンバー全員が五合目のゴールに向けて走り出した。結果はどうだったのか。得られたものとは何だったのか。2024年度のドリームチームを主軸に据えた、Mt.富士ヒルクライムのレポート。
特別な富士山と特別な富士ヒル
山は、その成因によって2種類に分類できる。
噴火によって噴き上げられた溶岩が積み重なってできたものと、地球のプレート同士がぶつかって盛り上がってできたものだ。前者は単独で存在する独立峰となり、後者はいくつもの山が連なった山脈となる。
独立峰はどこから見ても均整のとれたシルエットになりやすいため、その美しさから、長く信仰の対象にもなってきた。独立峰の代表格はもちろん富士山である。標高は3776m。ご存じの通りこれが日本の最高峰で、2位である南アルプスの北岳(3193m)とは大きな差がある。
山を単なる標高の数字でランク付けするのも野暮ではあるが、日本の山の標高トップ10に入っている独立峰は富士山のみ。数の少ない独立峰にして圧倒的に大きく高く、他に類を見ないほど美しい。やはり霊峰富士は、特別な存在なのである。
そんな富士山を舞台に開催されるMt.富士ヒルクライムもまた、自転車界にとって特別な存在だ。
今年で20回を数え、参加者数は9000人以上。全ての参加者がスタートし終えるまで数時間もかかるほどだ。この人数が受付開始後すぐに埋まる。スタート地点には、体脂肪率数%のヒルクライム・モンスターから完走を目指すビギナーまで、軽量パーツをてんこ盛りにしたスペシャルマシンから日々の足に使われるカゴつきのクロスバイクまで、幅広いライダーとその愛車が集まり、フレームをきしませながら五合目のゴールを目指す。
世界のスポーツバイクマーケットから見ると、日本のそれはヒルクライムに偏りすぎだと言われるが、それのどこが悪いのか。これは世界に誇るべき、立派な日本の自転車文化だ。
晴天のサイクルエキスポ
まだ暗いうちに都内を出発し、富士ヒルのメイン会場となる富士北麓公園に到着したのは、2024年の富士ヒル本番前日、6月1日の午前6時頃。すでに大会関係者やメーカー関係者がブース設営に勤しんでいた。挨拶もそこそこに、雨が心配ですね……と空を仰ぐ。予報では、前日は曇り時々雨、本戦の明日は雨となっているが、山の天気は猫の目。好転による好天を祈りながらビオレーサーブースの準備を進める。
富士ヒル前日に行われるサイクルエキスポは、出展メーカー数が100に届かんとし、会場となる富士北麓公園のグラウンドが大いに賑わった。
会場がオープンすると、ドリームチームのメンバーがブースに来てくれた。日本のクライマーにとっての大一番は、ドリームチームにとっても唯一にして最大の天王山。とはいえメンバーに気負いは見られず、リラックスして試走会以来の再会を楽しんでいるようだった。
会場のメインブースでは、地元高校のブラスバンド演奏、ワフーやズイフトのユーザートークショー、抽選会やウェルカムパーティーが行われたが、ドリームチームのメンバーも登壇。チームの紹介や大会への抱負を語り、参加者の注目を集めた。ドリームチームも今年で4代目。年々認知度の向上を感じる。
過去最高の盛り上がりとなったサイクルエキスポ。物販を行っていた多くのブースが売り上げの記録を更新したらしい。メインスポンサーであるビオレーサーは、大会公式ジャージを製作しブースで販売。売れ行きは想像以上で、初日に完売となってしまった。
富士ヒルクライムは今年で20回を数える。過去にはコロナによって規模を縮小せざるを得なくなったり、悪天候に翻弄されたりと、順風満帆ではなかったが、今や日本最大のイベントへと成長している。
18時でサイクルエキスポ終了。予報に反してカンカン照りの一日で、油断して日焼け止めを塗らなかった肌は真っ赤になった。明日は本番だ。天気はもってくれるか。ドリームチームのメンバーの夢は、叶うか。
チームだったからこそ
富士ヒル当日、スタート地点に行くと、6時半に出走する主催者選抜クラスがすでに整列を始めており、ドリームチームのメンバーの姿も見られた。路面はウェットで、濃い霧が立ち込めているが、雨は降っていない。
メンバーの姿を探す。仲間と談笑する人。緊張を隠せない人。集中する人。最後の補給を口にする人。雲の中のゴールを見据える人。全員が実力を発揮できるよう祈りながら、シャッターを切った。
後から聞いた話だが、スタート地点は今にも雨粒が落ちてきそうな曇天だったのに、四合目あたりで雲は消え、ゴール地点である五合目は快晴で、富士山もくっきりと見えたそうだ。この日頂上まで登ったものへの、山の神様のプレゼントだったのだろう。
メンバー全員のスタートを見送り、ビオレーサーブースで待つこと数時間。走り終えて下山してきたメンバーが帰ってきた。
夢を実現させた人、目標を達成できなかった人、満足している人、納得できていない人。
結果はそれぞれだが、笑顔でお互いを称え合う姿は全員に共通していた。
この富士ヒルのゴールをもって、2024年のビオレーサードリームチームとしての活動は終了する。メンバーが決定して約半年。短い期間であり、総勢16名と業界全体からすると取るに足らない人数だったかもしれないが、仲間の存在があったからこそ引き出せたパワーの総量は、決して小さくないはずだ。
ゴール後に撮影した写真をチェックしていると、皆が弾けるような笑顔だった。その破顔の重なりが、ドリームチームの意味と価値を証明していた。