森廣真奈さんインタビュー/自転車を楽しみ尽くす心(後編)
2018年に本格的に自転車を始め、グラベルロードを買う前にアンバウンドにエントリーし、人生初のロードレース(ニセコクラシック)で初優勝し、2回目がデンマークでの世界選と、なかなか破天荒な自転車人生を歩んでいる人がいる。Roppongi Expressに所属する森廣真奈さんだ。あっという間に歩を進め、2026年にはグラベル世界選で2位になる。その濃密な8年について聞くロングインタビュー。
2026年、グラベル世界選へ
今回のインタビューは、2026年10月10-11日にオーストラリア・ナナップで開催されたUCIグラベル世界選手権の直後に行った。そこで森廣さんは年代別で見事2位となる。森廣さんは今年5月、UCIワールドグラベルシリーズの1戦であり、今回の世界選と同じコースで行われたオーストラリアのセブングラベルレースで見事に優勝している(そこでグラベル世界選への出場権を獲得)。
「今年のグラベル世界選と同じコースで予選があるというので、今年の世界選には出たかったし、試走も兼ねて出場したら、そこで優勝しちゃったんです」
予選とはいえ地元オーストラリア勢のなかでの優勝である。森廣さんのスピードは世界に通用するレベルになっていた。
「でもそこから体調を崩しちゃって。富士ヒルも全然ダメでした。その数週間後のグランフォンド予選のツール・ド・ふくしまをなんとか突破して、8月のニセコのグランフォンド世界選に出場しました。個人では2位、チームリレーはリザルト的には残念な結果にはなりましたが、タイムとしては世界一になりました」
そうして挑んだグラベル世界選。
「スタートリストを見たら、35-39カテゴリのディフェンディングチャンピオンのベルギー人選手が今年、私が走る40-44カテゴリに出場しており、元プロもいて、MTBのマスターズ世界チャンピオンもいて……と、メンバーが強豪揃いで、これは厳しいなと思ってたんです」

何も見えない
当日は40-44と45-49カテゴリが同時にスタート。総勢40人ほどだったという。
「最初からそのベルギー人選手(Kim KNAEPS)がすごいパワーでガンガン前を引くんです。最初のグラベルに入ったら猛烈な雨が降ってきて、赤土でもうドロドロ。サイコンには泥が積もって何も見えないし、サングラスも全部泥で覆われちゃって何も見えない。そういう状況で、短めのアップダウンがひたすら続く合計120km3000mアップというコースなんですが、最初の上りが15km地点で、ベルギーの彼女が猛烈に踏むんですよ。まだ序盤なのにすごい勢いで上っていく。たぶん6倍は出てたと思います。私もちぎれちゃいけないと頑張って付いていったら、上りきったところで2人になってました。下りで多少緩むかなと思ったら彼女の勢いが全く衰えない。もう上りも下りも平坦も全部もう思いっきり引きまくって、20km地点でちぎれてしまって、そこから100kmは一人旅」

「中間地点の長い下り区間で同じカテゴリの選手に追いつかれました。それがMTBマスターズのチャンピオンの選手(Carolina MALDONADO、アルゼンチン)だったので、下りが速いんですよ。でも上りになると私のほうが速い。そうして抜きつ抜かれつを繰り返しながら、長い登りでもう一度先行してそのままゴール。2位になれました。後から気付いたんですが、実は3位の選手は最後4秒差まで迫っていたんです。危ないところでした」
3位の彼女にとって、自転車をはじめてまだ間もない、しかもレース初心者である日本人がここまで速いとは信じられなかったに違いない。

楽しくないことはやらない
本格的に乗り始めて短期間でいきなり世界2位へ。その理由とは?
「特別なことはなにもしてないんですよ。朝練はローラーで毎日やってますし、週末はロング走るようにしてますけど、それ以外に特別なことは何もしてません。ただ、私は周りに恵まれてると思います。私の周りには、自転車に対して真摯に向き合ってる人が多いんです。目標に対してまっすぐに取り組んでいる姿に感化されています」
とはいえ、仕事で多忙な中(森廣さんは金融系のお仕事をされている)、世界で戦えるほどの実力を維持し、日本のみならず海外を飛び回っている。趣味にそこまでのエネルギーを注ぐ理由は?
「そんなにエネルギーは注いでないですよ。これは私のポリシーでもありますが、私にとって自転車は仕事ではなくあくまで趣味なので、楽しくないとだめだと思ってるんです。だから自分が楽しくない・心地よくないことはやらないんですよ。全部楽しいからやってるんです」
「ただ、今まで20年近く金融の仕事をやってきたその経験は自転車に活きていると思います。仕事って、やると決まったら絶対やり遂げないといけないでしょう。『すいません、間に合いませんでした』とか『やっぱりできませんでした』は基本的に許されない。仕事は結果が全てですから。そういう環境で育ってきたことが自転車のベースにもなっているのかもしれません」
実際にお会いすると、明るく穏やかな雰囲気で、元プロ選手とバチバチに競い合うような人には到底思えない。
「人を負かしたいというより、いろいろ創意工夫したことがうまく噛み合って自分が成長できる感覚が楽しいんです。もちろん1位にはなりたいけど、『なんとしてでもあの人を打ち負かしたい』というより、自分のフィジカルが向上して太刀打ちできなかった人たちに付いて行けるようになることのほうが楽しいんですね」

世界中を旅したい
短期間で濃い経験をされてきたそんな森廣さん、今後の目標は。
「直近の目標は、来年フランスで行われるスーパー世界選のグランフォンドでいい走りをすること。本場なのでヨーロッパの強豪がたくさん出場するでしょうから、厳しいとは思いますが。あと1年あるので、なんとか頑張ります」
「レースが好きな理由の1つに、その地域により深く入り込めるところがあるんです。観光で行くと名所を巡るだけ。でもレースで海外に行くと、地元のスーパーで買い物してご飯作って……という、短期間ではありますが、その国に住むような経験ができます。レースがここで開催されなかったら一生行かないだろうなっていう街に毎年行けますから。いろんな国のカルチャーに触れて、その土地の人とか食べ物に触れられることが魅力の1つ。だからこれからも世界選には毎年行きたいと思っています」
「仕事を引退したら、世界中を自転車で旅したいですね。自転車を始めてから、普通の旅行が楽しくなくなっちゃったんですよ。普通に旅行してても、『自転車乗りたいな~』って思うようになっちゃって。休日もそう。休日に自転車以外の予定を入れるじゃないですか。自転車乗れないでしょ。そうすると自転車に乗りたくなっちゃって。だから私、今はよほどのことがない限り土日の昼間には予定を入れないんです。晴れてるのに自転車に乗れないっていうのがストレスで。基本的には土曜も日曜も昼間は自転車のために空けてあります」

“無になれる瞬間”
とにかく乗ってると楽しいんですよ、と森廣さんは言う。その言葉が少し意外だった。森廣さんにとって自転車はあくまで手段であり、レースや旅が目的だと思っていたからだ。森廣さんにとってその「自転車の楽しさ」とは何だろう。
「うーん……難しいですね。ただ乗ってるだけで楽しいんです。もちろん、レースに出ることや美味しいものを食べに行くことも楽しいんですが、乗ることそのものが楽しい。平日仕事していると、自転車って唯一“無になれる瞬間”なんですよね」
「平日は大体9時から夕方の5時とか6時まで、打ち合わせがみっちり入ってます。毎回の打ち合わせで基本的にはジャッジを求められます。それらが全部自分の責任になりますし、いろんなことに影響します。だから曖昧な結論は出せません。白か黒かを決めなければいけない。もちろん仕事は楽しいですよ。やりがいもありますし。でも、一日中それを根詰めてやってたら、やっぱり疲れます」
「だから、自転車に乗って無になるときが私には必要なのかもしれません。ローラーって、みんな動画見ながらやったりするでしょう。私、1時間半とかずっと無心で漕いでたりするんです。そういう意味では、仕事と趣味がいい感じに噛み合ってると言えるのかもしれませんけど」
森廣さんの「自転車以降」
アンバウンドグラベルをはじめとした海外のレース・イベントや、トップレベルのロードレース、はては世界選手権まですでに経験してしまった森廣さん。しかし、これまで本格的にスポーツはしてこなかったというのだから、「自転車以前」と「自転車以降」では、森廣さんの生活は激変したのでは。
「自転車を始めたことで、いろんなことが重なり合って人生がより複雑になり、すごく充実するようになりました。今まで経験してこなかったいろんなことにチャレンジして、幅が広がって、自分が今まで見てこなかったいろんな世界が見えるようになりました」
「最初に始めたカフェライド・グルメライド・旅ライドは今でも好きですし、ロードバイクのあとに始めたグラベルバイクでは自転車を操ることの難しさと楽しさを知りました。ロードレース、ヒルクライム、クリテリウムも楽しいし、みんなと一緒にグループライドするのも最高です。自転車の魅力はどんどん広がっていくんです。やればやるほど新たな楽しさに気付くことができる。来月にはまた新たな魅力に気付いているかもしれません。これからの人生でやりたいことが増えて、時間が全然足りません(笑)」
驚嘆すべきは、グラベルほぼ初体験でいきなりアンバウンドに行ってしまったことでも、本格的に乗り始めて数年でグラベル世界選で2位になってしまったことでもない。どんなことにも飛び込んでしまうその行動力と、ハードルを作らずにあらゆることを楽しんでしまおうという心の持ち方だ。
そういうマインドこそ、自転車という自由で多彩な乗り物には相応しい。

Roppongi Expressのメンバーの取材は、大前 翔さんインタビュー(前編)とニセコクラシック2026、日本人出場者たちの想い(vol.3)でも読めます。ほかの取材記事はインタビュー一覧へ。
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