森廣真奈さんインタビュー/自転車を楽しみ尽くす心(前編)
2018年に本格的に自転車を始め、グラベルロードを買う前にアンバウンドにエントリーし、人生初のロードレース(ニセコクラシック)で初優勝し、2回目がデンマークでの世界選と、なかなか破天荒な自転車人生を歩んでいる人がいる。Roppongi Expressに所属する森廣真奈さんだ。あっという間に歩を進め、2026年にはグラベル世界選で2位になる。その濃密な8年について聞くロングインタビュー。
ロードを購入するも……
自転車は自由で多彩な乗り物だから、遊び方も様々だ。ロード、グラベル、シクロクロス、TT、各種MTB、トラック、eバイク、ファットバイク、小径車、BMX、リカンベント、タンデム。ロードバイク一つとってもロードレースからロングライドからツーリングからブルベまで、実に幅広い楽しみ方がある。
当然、自転車との付き合い方は十人十色。1000人いれば1000通りの、5万人いれば5万通りあるわけだが、しかしそれにしても森廣さんと自転車との関係は、ちょっと(というかかなり)異色だ。

「小さい頃から体を動かすのは好きだったんです。中学高校大学とテニスをやってましたが、中高は女子校だったし大学は理系だったので、ガチという感じではなかったです。就職してからはテニスからも離れて運動はしてなかったんですが、最近自転車を始めました。2018年頃からですね」
2018年に初めてもうアンバウンドに世界選(しかも2位)ですかという質問は後でするとして、実は2007年頃に一度ロードバイクを購入したことがあるという。
「当時は営業をしていたんですが、担当したお客さまがロードバイクに乗る人で、『すごく楽しいですよ。しかも50kgくらい痩せられました』という話をしてくれて、ロードバイクの存在を知って興味を持ったんです。そんなとき、たまたまワイズロードに立ち寄ったらすごく親切に接客していただいて、気付いたらスコットのアルミバイクを買ってました。社会人になって2、3年の頃なので、2007年あたりですかね。でも楽しみ方がよく分からなくて、近所を少し走った程度でそのまま10年くらい家の物置に放置してたんです」

この取材は2026年7月17日にリニューアルしたばかりのスペシャライズド自由が丘にて行った。新たな運営会社は、アマチュア最強レーサーとしても知られる高岡亮寛氏が代表を務める六本木エクスプレス合同会社。森廣さんが手にしているのは、グラベル世界選で一緒に2位になった相棒、スペシャライズド・Sワークスクラックス。もちろん泥だらけだったが、この日のために洗車をしてくださったという。
自転車、再開
「買ったことももうすっかり忘れていた2017年秋頃、街中でメッセンジャーとかロードバイクを見かけて、『そういえば私、ロードバイク持ってたな』って思い出したんです。もう1回初めてみるかと、2018年位から再び乗り始めました」
ロードバイクを買って乗らなくなってから再び走り始めるまで約10年。その間、スポーツはほとんどしていなかったという。
「平日も土日も仕事漬けの毎日だったんです。自転車を再開するにあたり一緒に走る人がいないとたぶんまた乗らなくなると思って、ネットで社会人サークルを探して入会しました」
そして荒川サイクリングロードを走り始める。
「2、3回目のライドで、無謀にも荒川往復140kmほどのライドに参加したんです。そうしたら行きで完全に脚が終わってしまって、帰りはずっとヘロヘロで歩くほどのスピードで帰ってきました。家に着いたのが夜の10時くらい(笑)。周りの人には『もう二度と来ないと思った』と言われました」
最初からフィジカルお化けというわけではなかったのだ。
「だから最初は100kmを目標にして、週末にカフェ巡りとか海鮮丼を食べに行くライドなどをしていました。山の方にも足をのばすようになり、機材ももっとよくしようとキャニオンのカーボンバイクを購入。
そうこうしているうちに、友人達と『みんなでツール・ド・東北に出よう』ということになったんです。そのための練習をしなきゃいけないということで、その夏は毎週のように飯能の山でヒルクライム。そのお陰で170km2,160mupというチャレンジングなコースを無事完走でき、ヒルクライムが入っていてもなんとかみんなと一緒に走れるようになりました」

コロナ禍を機に
しかし世界をコロナが襲う。
「私は旅行が好きで、1年に1回は休暇をとって旅行に行ってたんですが、コロナで遠出がしにくくなってしまったんです」
森廣さん、そこで「じゃあ自転車で旅してみようかな」と思い立つ。自転車なら1人だし、旅行にもなるし、運動するからご飯も美味しく食べられる。
「そこで、休みを使って9日間かけて葛西臨海公園から日本海まで行き、能登半島、白川郷、諏訪湖などを回って東京に帰ってくるというツーリングをしたんです。3日以上連続で走ったのはたぶんそれが初めて(笑)。そのあたりは山岳地帯なので、最初は『走り切れるのか』『山の中で動けなくなったらどうしよう』と不安だったんですが、毎日のように100km2500mアップのような走りをしてみたら、もう本当に楽しくて。それで距離と獲得標高に対する恐怖心がなくなったんです。それ以来、連休のたびに仲間を誘って自転車で旅をしてました」
旅行が好き。食べることも好き。それが自転車にはまった。
「車とか電車だと一瞬で通り過ぎてしまう景色でも、自分の脚で走る自転車だとディティールまでよく見えます。自転車で走るといろんな人との交流もできるし、自分でルートを引いてそれを自分の脚で回るのも楽しいし、何よりよかったのはグルメです。私、すごい食いしん坊なんですけど、自転車ってお腹空くじゃないですか。だから土地の名物が全部美味しく食べられる(笑)」

レースの世界へ
そうしてグルメライド、カフェライド、旅ライドにはまった森廣さんだが、今度はレースの世界へと足を踏み入れることになる。
「距離を走るようになって、周りから『ヒルクライムレースとかにも出てみたら?』 って言われるようになったんですが、レースには全く興味なかったんです。『人と争うのとか好きじゃないしいいです』って断ってました。でも友達のMaihaさん(シクロクロスやマウンテンバイクレースで活躍中の竹村舞葉さん)がレースにハマったんですね。彼女は自転車を始めたタイミングが私と近くて、最初は一緒にカフェライド・旅ライドをしていたんです。コロナ期間中にMaihaさんがレースにハマって、彼女を通して私も高岡さん(Roppongi Expressおよびスペシャライズド自由が丘/RX BIKEのオーナーである高岡亮寛さん)と知り合いになるんです。みんなでご飯を食べに行って、高岡さんが『アンバウンドっていうのがあってさ』とキラキラした目で語りだすんですよ。『みんなで行こうよ!』と。Maihaさんとその友達もみんな行くっていうから、『じゃあ私も行きます』ってエントリーしたんです」
これまで森廣さんがやってきたのは、ロードバイクでのロングライド・ツーリングである。グラベルは?
「やったことなかったです。で、エントリーしたあとによくよく話を聞いたら、実はグラベルだと。しかもレースだと(笑)」
それを知らずにエントリーした、と。
「そう。あんまりよく分かってなかった(笑)。よく聞いたら、グラベルで、しかもレースで、アメリカの荒野で、170kmで、日本みたいにエイドステーションもサポートもないっていう話を聞いて、こ……これはまずい、と」
エントリーしたのは2022年の12月。アンバウンドグラベルは2023年6月。準備期間は半年しかない。しかも、ピーナッツバターの泥で参加者を苦しめたあの年のレースである。
「しかもオフシーズンだから、レースなんてやってないんですよ。レースを経験しておかなきゃと思って、2回くらいヒルクライムレースに出ました」
でもヒルクライムではアンバウンドの練習にはならないのでは……。
「そう。よく分かんないからとりあえずレース出なきゃと。後からみんなに『ヒルクライムレースとかに出てもあんまり意味ないよ』って言われたんですけど。まあでもこっちはもう必死なんですよ。『グラベルバイクが必要だから買わないとね』『ロードバイクじゃダメなんですか?』『ロードでアンバウンド出れるわけないでしょう』『えー?』みたいな(笑)。それでトップストーンカーボンを買いました」

photo:Makoto AYANO/cyclowired.jp
いきなりアンバウンド
納車が4月。アンバウンドは6月。その間にグラベルを走ったのは数回だけだったという。
「キャニオンにちょっと太いタイヤを履かせて未舗装路を走ったことはあったんですが、そのときはとにかく怖くて。『なんでこんな怖いことわざわざやるんだろう』という感想しかなかったんです。でもグラベルバイクでグラベルを走ると楽しいんですね」
なんだかもうはちゃめちゃだが、ともかくそうして6月のアンバウンドを迎え、粘度の高い泥でホイールが回転しなくなり多くの参加者が押し・担ぎを強いられたという過酷な環境のなか、見事に完走する。
ほぼ練習なしでいきなりアンバウンドに行ってドロドロ地獄。それで「グラベルはもうたくさん……」とはならなかったのか。
「抜重なんて知らないからパンクしたりと大変でしたけど、楽しかったんです。アメリカのレースってフレンドリーな雰囲気で、パンク修理してたらみんなが大丈夫って声をかけてくれるし、レース中も協力したり、『一緒に頑張ろうぜ』って励ましてくれたり。レースとはいえ温かい交流があって、そうしながらゴールを目指すのがすごく楽しかった。充実感があって、みんなと『やばかったねー』って言いながら帰ってきたときには、来年も行きたいと思ってました」

photo:Makoto AYANO/cyclowired.jp
いきなりニセコ&世界選
森廣さんは翌年もアンバウンドに参加することになる。距離と獲得標高に対する箍(たが)が外れた次は、グラベルに対するハードルが消えたのだ。
「せっかくトップストーンなんていういいバイクを買っちゃったから、グラベルやらないともったいないじゃないですか。そこからグラインデューロ、八ヶ岳グランフォンド、ニセコグラベルなどあらゆるグラベルイベントに参加しました。そうしていたら、『ロードレースも出ようよ』と誘われて2024年のニセコクラシックにエントリーしたんです。で、ビギナーズラックで優勝しちゃった。優勝したので世界選に行ける事に気付いて、一生に一度のチャンスかもしれないと思って、デンマークの世界選にも急遽行くことにして」

人生初のロードレースがニセコでの初優勝、2回目がデンマークでの世界選である。漫画でも「こんな出来すぎたストーリーはダメです」と編集者から突っ返されそうだ。
「その年は2回目のアンバウンドに行ってもう休みを使ってしまっていたので、弾丸スケジュールでした。結果は確か25人中22位くらいで全然ダメだったんですけど、デンマークだからヨーロッパ中の強豪選手が参加してたんです。そんな本場のレースがとにかく楽しかったんです。しかも高岡さんがアルカシェル取るところも見られたし、『ちゃんとみんなと勝負ができるようになりたい』と思って、そこから真面目に練習を始めました」
世界選の後に真面目に練習を始める、と。
「今は2027年のフランスのスーパー世界戦に向けて頑張っているところです」
Roppongi Expressのメンバーの取材は、大前 翔さんインタビュー(前編)とニセコクラシック2026、日本人出場者たちの想い(vol.3)でも読めます。ほかの取材記事はインタビュー一覧へ。
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