Mt.富士ヒルクライム2026レポート/名もなき栄光
夢や目標を持ち、それに挑戦するアマチュアチーム、ビオレーサー・ドリームチームは今年で5代目となる。2026年6月7日、メンバー全員が五合目のゴールに向けて走り出した。結果はどうだったのか。得られたものとは何だったのか。メンバーのレポートに先駆けて公開する、ビオレーサージャパンのスタッフによる富士ヒルレポート。
好記録続出
6月に台風が日本列島へ上陸するのは14年ぶりだという。各地を大雨が襲い、富士ヒル当日の天候やコースの状態などが心配されたが、幸いなことに週の半ばには列島から去ってくれて、富士山がくっきりと姿は現さなかったものの、ぎりぎり天気は持ちこたえてくれた。

6月6~7日に開催された第22回Mt.富士ヒルクライム。今年は55分切りのチタンリングが創設され、それを目指すトップクライマーたちがハイペースで展開したこと、さらに気温や風向きなどの条件がよかったことなども重なり、好記録が続出した。プラチナとゴールドのフィニッシャーリングが足りなくなるという前代未聞の事態も起きた。
参加者数は約9000人。そのなかの0.001%ほどの11人が今年のビオレーサー・ドリームチームのメンバーである。
9000通りのドラマ
前日のサイクルエキスポでは、メインステージにドリームチームのメンバー全員が登壇。メンバー紹介やトークショーが行われた。各々が大会への抱負を語り、大きな声援を受けた。

翌日、本番の早朝。曇天ではあるが雨は降っていない。結局、下山が遅くなった一部の参加者以外、濡れることはなかった。決選の場は、富士吉田市の富士北麓公園をスタートし、富士山五合目までの富士スバルライン、約25㎞(計測区間は24㎞)。
6月7日の早朝、ドリームチームのメンバーのスタートを見送る。リラックスして笑顔の人。緊張を隠せない人。武者震いをする人。様子はさまざまだったが、目標に対する想いは同じだ。
ビオレーサーのブースで待っていると、スタートが早かったメンバーが下山してくる。想像以上の結果となり笑顔を見せる人。悔しい結果となり涙を流す人。不甲斐ない自分に怒りをぶつける人。結果はさまざまだったが、今年は全体的に好結果だったからか、悔しさを爆発させるメンバーが多かった。9000人が富士山に上ったこの日、9000通りのドラマがあった。







心揺さぶる無意味な行為
注目された主催者選抜男子では、ビオレーサーを着るRoppongi Expressの大前 翔さんが初優勝(55分54秒51)。惜しくも新設のチタンリングには届かなかった。

「前回の初参加で大会の雰囲気をつかめたので、今年は本格的に狙えたらいいなと思っていました。55分切りの賞が新設されたこともあって、レースはかなりハイペースで展開しました。速い集団の中で脚を温存できたことが勝因だと考えています。ただ、55分という賞ができたのにそれを獲れていないということは宿題を残してしまった感じ。チタンリングは来年狙います。愛三時代はスプリンターでしたし、どうしても登坂力とスプリント力はトレードオフになる部分があるので、今後はそこの究極のバランスを見つけたいですね」(大前さん)
多くの参加者にとっては、(仕事ではないという意味で)自転車は単なる趣味である。だから、こんな辛い想いはしなくたっていいはずだ。
いいタイムが出なくても、目標のリングを獲得できなくても、それどころかわざわざ参加費を払って出場しなくても、困らない。食事を制限しなくても、大枚を払って機材を軽量化しなくても、誰も困らない。多くの犠牲を払って、何カ月もトレーニングに費やして、2026年の6月7日の早朝のたった1時間とちょっとの時間にすべてを投入する正当な理由なんてない。この年齢になって悔し涙を流す必要なんて微塵もない。そこには報酬も栄誉もないのだから、人生における実利をクールに考えるなら、これは全くの無駄な行為だ。
しかし、彼ら彼女らのひたむきな努力と挑戦は、見る者の心を揺さぶる。
あの日、富士山五合目を目指してペダルを踏んだすべてのサイクリストに栄光あれ。

