パナレーサー代表・大和竜一氏インタビュー(前編)/老舗タイヤメーカーを激変させた男
アジリストシリーズを発表し、グラベルキングの新作をリリースし、イベントのサポートも積極的に行い……と、日本の老舗タイヤメーカーであるパナレーサーはここ数年、アクティブな動きを見せている。キーマンは大和竜一。2020年に同社の代表取締役社長に就任した人物である。「自転車×地方創生」をテーマに大和氏にインタビューを行い、メーカーとして、イベントのサポーターとして目指す未来を聞いた。
パナレーサー、激変
2022年に創業70年を迎えたパナレーサーは、ここ数年でブランドイメージを大きく変化させたメーカーだ。アジリストシリーズでロードタイヤの国内シェアを数倍にまで伸ばし、同社の屋台骨であるグラベルキングシリーズをリニューアル、グラベルシーンで存在感をさらに高めた。また、ニセコグラベルや富士グラベルといった人気イベントをサポートするなど、製品の開発製造・販売だけでなく、イベントを通して自転車文化の醸成にも力を入れている。
そんな激変の発端となったのが、2020年に同社の代表取締役社長に就任した大和竜一氏である。
元々は足利銀行に勤めていた。入行して10年ほど経ったとき、鬼怒川温泉にある某ホテルに出向し、再建に従事する。それを成功させた後、ソフトバンク・インベストメント(現SBIホールディングス)へ入社しベンチャーキャピタル業務を展開。当時はインターネットが発達しはじめた頃。大和さんはさまざまなITベンチャーの経営に参画し、事業を促進させた。同グループのSBIキャピタルに異動して企業の再建に尽力したのち、介護事業、不動産デベロッパー、新潟の酒蔵の再生などを経験する。ようするに企業の成長・立て直しのスペシャリストである。

なぜ自転車業界へ?
「ある日、SBI時代の同僚がパナレーサー譲渡の話を聞き、『一緒にやりませんか?』と声をかけてくれたんです。歳も歳だし(1964年生まれ)、もう短期的なビジネスはやりたくないから、一つの会社に腰を据えてじっくりと仕事をやり遂げたいという想いがあったので、お受けすることにしました」
そうして、全く経験のない自転車の世界へ。
「『上場企業のグループ会社だから、大和さんは座っているだけでいいんですよ』なんていう甘い声に誘われてね(笑)」という冗談が大和さんらしい。
言うまでもないが、パナレーサーは兵庫県丹波市に拠を構える自転車用タイヤ専門メーカーである。社名からも分かるようにパナソニックグループの一員だったが、2015年に投資ファンドに売却されグループから離脱。2020年、再び株が売却され、大和社長を迎えて新たなスタートを切った。
「パナソニックグループだったころは、グループ全体で儲かっていればよかったんでしょう。タイヤは単価がせいぜい数千円ですが、パナソニックサイクルテックは電動自転車を作っていて利幅が大きいですし。それに赤字だったとしても、パナソニックグループとしては当社を潰せなかったんですよ。パナソニックのレピュテーションリスク(自社に関するネガティブな評判や噂が拡散され、企業価値の低下を招くリスクのこと)になりますからね。だからファンドに売却されたわけです」
全てにメスを入れた
1990年代のMTB華やかりし頃、同社は世界的なシェアを誇っていた。ロードタイヤもかつてはグランツールを走り、国内シェアも大きかった。しかし2020年当時は、グラベルキングという世界的なヒット商品があったものの、他メーカーのグラベルシーンへの参入もあり、徐々に勢いを失っていた。かつて20%以上の国内シェアを誇っていたロードタイヤはモデルチェンジをしてもシェア低下に歯止めがかからず、5%程度まで落ち込んでいた。
そんなパナレーサーを再興させるべく、丹波の地にやってきた大和さん。自転車に関わるなら、とロードバイクを自ら購入し、自転車の楽しさにも目覚めたという。元々はラガーマンである。体を動かすことは好きだった。人力で100km以上を移動できるポテンシャルに衝撃を受けた。しかし、パナレーサーの実情にも驚いたという。
「上場企業のグループ会社だったので、ちゃんとしてると思うじゃないですか。実際に来てみたら旧態依然とした体制に驚きました。正直、これでよくやってたなと思うレベル。しかし、メーカーとしてのポテンシャルは感じました。償却済の製造設備が揃っており、それが現役で稼働していた。大企業グループとしては『処分して当然』という古い設備も、目先を変えれば宝の山なんです。この設備を活かしていい製品を作っていけば、コストをそれほどかけなくても儲けを出せる。設備投資が必要ないですからね」

“座っていればいい”どころか、営業面、組織面……大和さんは社のあらゆることにメスを入れた。当時、パナレーサーのプロモーション手法が大きく変わったことを実感した人も多いだろう。
「ある日、『この記事をSNSに出したいです』という申請のメールが来たんです。『なんで僕に聞くの?』と聞くと、『SNSに出すときは社長承認が必要なのでメールしました』と。たった5年前ですよ。まだこんなことやってんの?と思って、若手社員にSNSの運用を一任しました」
そのあと同社のSNSは発信頻度が増加し、瞬く間にフォロワーが激増した。先述の通り、大和さんはITのプロフェッショナルでもある。ここでそのノウハウが活きた。
「当時、弊社のメイン顧客層は40~50代の男性でした。もちろん大切なお客様ですが、そのままでは高齢化によってさらにシェアが落ちていく。そこで、若い世代と女性もターゲットに加えて、SNSを中心にマーケティングを強化しました」
2021年にはコーポレートカラーと企業ロゴも変更。珍しい紫色を採用し、ロゴも時代に合わせて洗練されたイメージのものにした。新ロゴはスマートフォンでも視認性が損なわれないように意識したものだという。

5%から20%以上へ
タイヤメーカーとして最も重要な製品ラインナップにも手を入れた。
「当時、グラベルキングは海外で売れていましたが、国内のロードタイヤのシェアは5%ほどまで低下していたので、まずは足元の国内ロードタイヤ市場に注力しました。ロードタイヤは高価格帯の製品です。付加価値の高いものを、利幅の高い国内で売るのが一番収益に繋がる。そこで国内ロードタイヤのシェア奪還を目指し、ロードタイヤの新商品であるアジリストシリーズの開発を始めました」
2022年、アジリストシリーズ発売。それまで4世代に渡って使われたレースシリーズの名を変更し、パナレーサーの代名詞でもあったオールコンタクトトレッドシェイプも完全に廃止。入念なプロモーション戦略もあり、注目度は非常に高かった。

「おかげ様で国内で順調に売れました。どんどんシェアが復活し、パンデミック後海外からの注文が途絶えても国内ロードタイヤのシェアが上がっていたため、収益性を維持することができました」
かつて5%程度だった国内ロードタイヤのシェアが、20%を超えるレベルにまで増えたという。
ロゴ、会社の雰囲気、広報の在り方、企業イメージ、製品ラインナップ、広告戦略……全てががらりと変わった。短時間で会社はここまで変われるものなのかと、自転車業界人は誰もが目を丸くした。
「いい技術、いい製品は当たり前。いくら70年の歴史があっても、いいものを作っても、売れなければ意味がありません。買ってくれる人がいなきゃだめなんです。『いいものを作れば分かってもらえる』だけじゃだめなんですよ。日本酒を手掛けたときにそれを痛感しました」
「新潟には90ほどの酒蔵がありますが、お店でお客さんが手に取るのは、麒麟山、八海山、久保田などの有名どころです。タイヤもそう。ミシュラン、コンチネンタル、ピレリ……。そこでパナレーサーを手に取っていただくには、パッケージやイメージ戦略で『パナレーサーっていいよね』と思ってもらえる仕組み作りが必要だったんです。最初はとにかく大変でした。でも、社員が真面目でやる気があったから、いい変化になったと思います」
大和氏の痛快なメーカー再生ストーリーに文字数を割いてしまったが、後編では本記事のテーマである「自転車×地方創生」について聞く。
※後編に続く

