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サイクルフリーダム 岩佐昭一店長インタビュー/異端児か救済者か

サイクルフリーダム 岩佐昭一店長インタビュー/異端児か救済者か

23歳でショップ「サイクルフリーダム」を開業し、10年目にして立派な店舗を構えるまでに成長させた店長の岩佐さん。小売り業界暗黒の時代とも言われる昨今にあって、なぜそんなことが可能だったのか。その秘密と将来の展望は。6000文字以上のロングインタビュー。

五輪を目指した学生時代

通常このような取材では一応事前に質問事項をメールでお送りしておくのだが、岩佐さんはインタビュー前に質問一つ一つに対してびっしりと回答を書いて返信してくれた。「自転車が好き」だけでなんとなくやっているという人達も多いこの業界だから(もちろん筆者もその一人)、約束なんてあってないようなもの。返信がないなんて日常茶飯事だから、そういう対応をしてもらえるだけで「か、神だ」となる。

「好き」だから、儲からなくても続けられるし、人生の見通しが立たなくても辞めたくない。趣味の業界のいい所でもあり、悪い所でもある。前述のようなぐずぐずぐだぐだが業界の通例だったのだから、そんな岩佐さんは異端児扱いされることも多い。本当のところはどうなのか。

「小学校からずっとスポーツをやってきました。ただし自転車ではありません。サッカーと水泳、そして陸上。全国スポーツ能力テストではいつも満点を取っていましたが、小学校・中学校では一人しかいないレベルでも、陸上の日本代表までいくとそれが普通。地元では身体能力は高かったかもしれないけど、出る世界に出れば自分なんか有象無象だったなと」

とはいえ、高校では陸上を始めて3週間で県代表、半年で関東選抜、1年後に日本代表になり、大学の陸上競技部ではオリンピックを目指すことになる。

「所属ゼミの先生が陸上競技部の名ばかり顧問になったことで、予定外に超勉強ゼミに入ることになり、大学では3時間のトレーニングと10時間の勉強で、スポーツと勉強ばっかりしてました。だから学生時代はあんまり遊んでないんです」

しかし、競技中に右膝前十字靭帯断裂し、断念せざるを得なかった。今も膝にはボルトが入ったままだという。

大学では経済学を学ぶ。高校時代の将来の目標は「政治家になること」だった。しかし地盤もカバンも看板もないので、経済のスペシャリストにならないと当選できないと考え、金融工学と統計学を専門とした。

 

23歳でショップを買い取る

そんな岩佐さんが自転車(スポーツバイク)を始めたきっかけは移動手段だった。大学までは片道40km、大学院までは90kmを自転車で通学していたという。

「経済的にロードバイクは買えなかったので、ドンキホーテに売ってる2万円のMTBルック車で通ってましたね」

通学路にある自転車ショップに入り浸るようになり、整備を手伝うだけでなく、学業を活かす形で経理事務の手伝いも始める。自ずと自転車店の内部事情にも詳しくなる。そのショップで働いているうちに、「某ママチャリ屋が潰れたから買い取らないか」という連絡が回ってきた。

イケるな、と思ったという。

「自転車屋さんの内部を知り、相当などんぶり勘定でやってることと、それが原因で儲かってないけど修正すべきところを修正すれば儲かるだろうと考えたんです。それに、起業のチャンスなんて思ってるほど多くないんですよね。特に実店舗型の小売店はやろうと思ってできるものではない。だから、『これだ』というタイミングでチャンスが来たということです」

銀行に就職が決まっていたというが、内定を辞めて進学した大学院を中退して潰れたママチャリ屋を買い取り、2008年にショップを開店する。当時23歳。当初、それは「政治家になるために会社経営の経験をしたかった」という理由によるものだった。お父様が病に倒れられて「学生やってる場合じゃなかった」という事情も重なった。

とはいえ、だ。失礼ながら本格的な自転車競技経験もプロチームのメカニック修業もしていない23歳の青年が、いきなりママチャリ屋を買い取って経営を始める、とはなかなか珍しい決断である。

当時、すでにロードバイクには乗っていたというが、本人曰く「10万円のボロボロのバイク」。岩佐さんとしては「異端児」とひとくくりにされるのはお好きではないかもしれないが、極めて異例ではある。

 

ポテンシャルはあるが現状は極めて悪い

銀行と人からの借金を開業資金しと、20代前半という若さで、しかも未知の世界で自転車屋を開業した。実際のところはどうだったのか。

「ママチャリを処分しながらクロスバイクをやり、クロスバイクを処分しながらロードバイクをやり、ロードバイクがハイエンド寄りになり……と、今の形になるまで3年を費やしました。そうしてロードバイク専門店に転換して、一時は最大で2600万円の借金があったんです。そこから、累積赤字を4~5年目で解消。開業10年目で1億円を超える自社店舗が建ちました。そういう景況で16年存続しているということは、23歳のときの自分の見立ては正しかったんだと評価しています。同時に、自転車業界のポテンシャルはあると確信しています」

しかし、業界の現状は極めて悪いと分析している。

「ショップの数は10年前の半分くらいでしょう。ロードバイク取り扱い店がママチャリ屋に戻っていることを含めると、スポーツバイクショップはかつての1/3程度だと思います。直接的な原因は、直近でいうと為替と戦争(コロナの経済対策と輸送コストの高騰)。でも根幹にはAmazonや海外通販の存在ですね。物販を頼りにしていたお店にとっては痛いなんてもんじゃない」

「移転前のフリーダムの店舗の隣は本屋であり、さらにその隣は釣具屋でした。それらがAmazonやヤフオクに潰されていく様を生々しく見ていた身として、今の自転車業界はまさに同じに見えます」

「フリーダムは15年前の時点で整備メイン&他店購入車両持ち込み可としたんです。今でこそ小規模のメカニックショップが存在しますが、当時としてはかなり珍しかったと思います。もちろん物販もやりますが、物販で得られた収入は仕入れに上乗せして、お店の経営と私の生計は整備料で得るようにする。だからどれほど通販が増えて物販が少なくなってもお店が成り立つ。それがフリーダムの初期からのコンセプトでした。今になって業界が始めてることをフリーダムは15年前からやっているんですから、今の時世で強いのは先行者的に当然です」

 

お金も時間もみんな雑

しかし、いくら店舗が大きくなったとはいえ、フリーダムはずっとワンオペである。15年前だって今だって整備費を稼ぎ出す作業をしているのは岩佐さん一人だ。

「高効率化。その一言です。例えば、自転車を一台組む。ホイールを一本組む。『それにあなたは何分かかりますか?』という質問に正確に答えられるメカニックってそんなに多くないと思うんです。自動車の整備では、タイマー使って万歩計を付けて何歩で何分かかるかをちゃんと計ってます。でも自転車はそういうことをほとんどしていない。なのに工賃は時間で決まるっていう。必要な時間が分かってないのにどうやって工賃を決めてるんですか?と思いますよね。そういうところがどんぶり勘定が過ぎると感じるといっているんです。お金も時間もみんな雑なんです。これは15年前からずっと思っていることで、今でも改善されていないと感じます」

「そこを改善するには、技術はもちろん、効率化と体力です。整備において無駄な動きが多ければ多いほど時間がかかり疲れてしまう。立って座っての繰り返しですから。だからフリーダムの整備スペースって、右手に工具台が、左に作業テーブルが、目の前に整備台があって、私は整備中ほとんど動かないんです。結果的に体力がセーブできて、より集中力の高い整備ができるようになる。だからフリーダムのメンテナンスは圧倒的に早いんです。お客さんのバイクを一週間以上預かることはほとんどありません」

ショップには整備待ちのバイクがズラリと並んでいるのが半ば当たり前の光景になっているが、岩佐さんにとっては当たり前ではない。

当たり前ではなかったからこそ、業界では当たり前だったことに疑問を抱いた。

こんなにも高い商品を取り扱い、イベントに行けばお客さんもいっぱいいるのに、どうして自転車屋だけが貧乏なんだろう?

やり方に問題があるのでは?

自転車店である前に、小売店としての基礎理論が理解ができていないのでは?

そのあたりをちゃんとすれば、ちゃんと儲かるのでは?

「それら一つ一つをちゃんと分析して、改善できるのかできないのか、したほうがいいのかしないほうがいいのか、全部はっきりと答えられます」

好きで始めた人が多いだろうから、整備に時間をかけられるし、儲からなくても続けたいと思ってしまう。しかし業界全体を考えるとそれではいけない、と岩佐さんは言う。

「そうじゃないと、モチベーションを持った若い人が入ってきても、若くなくなったときに辞めていってしまう。リスクを負って自営しているのにサラリーマンより給料が低かったらやる意味ないでしょう。その現状を見て若い子が自転車屋を始めたいと思うかといったらやらないですよね。趣味で楽しい世界なので、好きなのは当たり前。好きだけでは続かないんです。外から見たらキラキラしているように見えても中は不満ばっかりだったら、他の業界にいて趣味として自転車を楽しめばいいってことになっちゃう。これも15年前からずっと言い続けていることです」

 

コミュニティとしてのショップは必要か

では、コミュニティとしてのショップの存在意義は?現在は家にバイクが直接届く世界になり、コースの情報も様々なノウハウもウェブ上で取得できる(そのクオリティはおいておくとして)。インドアサイクリングで、一人でもフィジカルも向上させやすい(スキルはともかく)。SNS上でコミュニティも多数存在する。以前のようにショップに帰属しなくても自転車が楽しめるようになった(ように見える)時代、ともいえる。

「一つは学校としての機能。疑問に感じたことを教えてくれる先生がいるところ。本でもYouTubeでも分からないことや、いろんな人がいろんなことを言っていて理解や納得ができないことがでてきたときに、明確に応えてくれる先生がいる場所。そういう場が必要だと思っています。だって参考書ひとつふたつ買って自主勉だけで受験に受かる人ってそんなに多くはないでしょう?」

「また、学校にいけば友達がいますね。それと同じで、ショップに行けば同じ自転車好きの仲間ができます。SNS上の知り合いとは違うリアルな友達。自転車って一人でもできますが、あくまで一人『でも』できるのであって、みんなでやったほうが楽しい。一人でも走るのもいいけれど、選択肢があったほうがいい。リアルな拠点があって、そこに行けば誰かしら知り合いがいて、一緒に走りに行けて、必要なものの購入やメンテもできる。それこそがコミュニティだと思います。『なんとなく知り合いがいる』とは違う、濃いコミュニティです」

そういう場を提供するのもフリーダムの目的だ。

「自転車はそういう場があったほうが楽しいでしょう。自分一人が食べていくだけでいいのであれば、こんなに大きな店舗は必要ないんです。今の1/8くらいの大きさで十分。だから残りの7/8をユーティリティースペースとしてお客さんに開放してるんです。1階には6人掛けの椅子とテーブルがあってたむろすることができます。2階では大きなソファーでJスポーツなどが見られるし、ローラー台やシャワールームもあります。すべて無料です。テーブルとかテレビよりも商品を置けば?って話にもなるんですが、メンテナンスで食べていけるので、商品をたくさん置く必要がない」

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整備を効率化する。整備だけで儲けがでるようになる。商品をたくさん置く必要がなくなる。スペースをお客さんのために使えるようになる。お客さんがショップに足を運ぶようになり交流が生まれいいコミュニティができみんなが幸せになる――。幸せな上昇スパイラルだ。

「生徒が増えて学校が儲かって、施設を充実させたらもっと学生が集まってきて……というのが学校にとっても自転車ショップにとっても理想ですが、今は真逆ですよね。目立ったサービスが値引きしかない。お店は薄利多売で疲弊してコミュニティが保てない」

 

お店より「精神」を残したい

では、そんなフリーダムの今後は?

「自社店舗は建ちましたが、いまはまだ借り入れがある状態なので、これを完済することが一つのゴール。会社としてはそれが区切りとなります。その後どうするかは今はまだ難しい。自分の給料を上げようと思えば上げられるでしょうが、そのときに自分がそれを望んでいるかは分かりません。それよりもみんなと遊んだほうがいいかもしれない。それは、借り入れを完済してから考えても遅くないのかなと」

現在、フリーダムは岩佐さんお一人でやられているが、後継者については。

「自分がフリーダムをやるにあたって何が大事だったかというと、『借金があるというプレッシャーを背負いながら毎日を過ごすこと』だったんです。そのプレッシャーと闘うことは、自分の成長にとって一番大きなものでした。夢ですら通帳や試算表を見る、その状態で居続けることが最大の修行です。だからもし後継者が入ってくるとしても、フリーダムで働いてちゃだめだと思うんです。矛盾してるんですが、フリーダムの後継者になって真似をしようとすればするほど、自己資金でやらならくちゃいけない。かといって、もし今フリーダムを買収しようとしたら3億円くらい必要になる。それはまともな23歳が買うには現実的じゃない。私目線から見て、およそ誰にもどうにも売れない。だからどうすればいいかわかりません。というより、おそらく私一代で終わりです」

ならば、岩佐さんがフリーダムで成し遂げてきた方法論をパッケージとして後世に残すことは?今まで業界にそういう情報はほとんどなかった。

「はい。本かなにかの形にして残すことは考えてます。もともとフリーダムのブログは文字が多く写真が少ないでしょう?新製品の入荷案内や商品の宣伝記事やセール案内などはほぼ書かないようにしてきた。その代わり、選手目線、店長目線、社長目線の3等分で記事を書いてきた。だから実はブログをすこし修正するだけでひとつの本になるようなイメージで書いてるんです。どうすれば自転車屋を興し、維持し、経済的に成功できるのか、そのメソッドを作ること。お金持ちの道楽しかない業界ではなく、若い人がチャレンジしたいと思ったときに成功できるマニュアルを確立し、伝えること。だからフリーダムそのものが残らなくてもいいんです。フリーダムの精神を受け継いだショップができてくれればそれでいい。それは、自分の店舗で一人二人の後継者を育てるよりも、スケールの大きなことになるでしょう」

「私の目的がいまだに政治家になることであれば、いつまでフリーダムを続けるかはわかりません。ですからそのマニュアルは、私が自転車界に残す最後の恩返しだと思います」

インタビューの最後、「この記事は、一般ユーザーというよりも、同業者に向けて書いてほしいです」と仰った。業界の端くれにいるものとして耳の痛いこと満載の内容になったが、1時間ほど岩佐さんと顔を突き合わせて感じたことは、彼は決して「他人を攻撃して貶めて自らを相対的に高める」というタイプではなく(そういう人、嫌になるほどたくさんいますよね)、自らの知識と情熱を役立てて業界をよくしたいと本気で思っているということである。歯にもの着せずずばずばと言うタイプだから誤解されることも多いと思うが、最後にそれだけは言っておきたい。

数年後か数十年後に、岩佐チルドレンたちが業界を活性化させ幸せなショップを増やしてくれることを強く期待する。

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