イラストレーター・リンネさんインタビュー/アンクルリンネの誘い
毎年好評を得ている富士ヒル公式Tシャツ。2023年からそのデザインを手掛けているのは、髭を生やした自転車紳士・アンクルリンネの作者、イラストレーターのリンネさんだ。なぜ自転車のイラストを描くことになったのか。アンクルリンネの誕生秘話とは。瞬く間に世界的人気者になったリンネさんへのインタビュー。
東北の地で自転車に目覚める
仙台出身。子供のころから自転車が好きだった。
「僕の世代がまず手に入れる自転車といえばジュニアスポーツです。ヘッドライトが2つ付いたやつ。小学校のときはそれを乗り回してました。6年生くらいになると、ライトとかフェンダーを外して空き地を走り回ったり、近所の山でヒルクライムをしたり」
「中学になると、親にねだってスポルティーフを買ってもらいました。それで宮城県の峠という峠を走りまくりました。山の中を担いで藪漕ぎして、キャンプもして。今から思えば結構ハードな遊び方をしてましたね」
立派な髭を蓄えたお洒落でヒッピーな自転車紳士、アンクルリンネ。日本のみならず海外で人気がうなぎ登りのキャラクターだ。それを描いているのが、日本のベテランイラストレーター、リンネさんである。

立っている2人の右側が高校生のときのリンネさん。その後ろが当時の愛車。
東北の地で自転車三昧の少年時代を過ごしたリンネさん。成人して一度はエンジン付きの乗り物に目が向き、自転車からは離れる。そして就職。選んだ仕事はプロダクトデザイナーだった。
「大手メーカーの照明器具とか家電などのデザインを手掛けてました。図面引いたり企画したり。でも入社して9年が経ったとき、別なことをやろうと思い、退職したんです」
なぜか突然イラストレーターに
ここからが面白い。選んだ次の職業が、なぜかイラストレーターである。
「なんのあてもありませんでした。ただ漠然と『イラストレーターになろう』と」。
一体なぜ?
「プロダクトデザインって、いろんな人と一緒に仕事をしないといけないんです。自分だけでは完結できない。それをさんざんやってきたので、今度は自分一人で完結できる仕事をしてみたかったんです。絵を描くのは好きだったから、なんとかイラストレーターでやっていけないかと。今から思えばずいぶんと無謀な判断でしたね」
31歳のときだった。
自分の画風を確立しようと試行錯誤しているとき、ひょんなことから恵比寿のあるお店で「うちで個展やってみない?」と声をかけられる。そこがたまたまメディア・広告業界人が集まる場所だった。それが好評を得て、仕事が舞い込むようになったという。おそらく天性の才能が備わっていたのだろう。
「そのときは、アンクルリンネとは全然違うイラストを描いてました」
いわゆるファッションイラストである。
「その一方、モンステラという観葉植物が大好きだったので、モンステラに関するウェブサイトを立ち上げたんです。それがヒットして雑誌やテレビで取り上げていただいて、イラストとウェブの2本柱で仕事をしてました」

当時のリンネさんが手掛けたイラスト。

東京スカパラダイスオーケストラのジャケットも描いた。
退社と同時に、また自転車にまたがるようになった。ストライダというフォールディングバイクを買ったことがきっかけとりって自転車熱に再び火がつき、それでは物足りなくなってジオスのクロスバイクを購入。するとやっぱりドロップハンドルに乗りたくなり、自分でジオスをドロップ化して……と楽しんでいたところ、昔の友人も自転車の世界に復帰して一緒に走りに行くようになる。
次は個性的なキャラクターを
そのまま約20年、自転車を楽しみつつ、順調に広告やファッションの世界で仕事を続けていたが、コロナが世界を襲う。
「仕事が一気になくなってしまいました。そんなとき、息子が自転車競技を始めてラバネロに入ったんです。自分が家でずっとツール・ド・フランスを見ていたので、それに影響されて(笑)。自転車競技はお金がかかるし、こっちは仕事がストップしてるし、どうしよう……と思っていたときに、佐藤真吾さん(カスタムショップ、ワラニーを営む。Podcast番組『BC STATION』のMCも担当)と出会うんです。すぐに仲良くなって、『今度代官山にワラニーというスタジオを作るので、個展やりませんか?』と話をもらったんです」
実はこのとき、まだアンクルリンネは生まれていない。
「イラストレーターとして自転車に関する仕事ができれば、息子の支援にもなるな……と漠然と思っていただけだったんですが、真吾くんのところで個展をやることになり、これを機に本腰を入れて自転車のイラストを描いてみようかなと」
そこからキャラクターを考え始めた。しかし不思議なのは、それまでイラストレーターとして描いてきた画風と、アンクルリンネが全く違うこと。とても同じ人が描いているとは思えない。
「それまで描いていたファッションイラストは、キャラクターの個性を抑えたものでした。特徴のない、背景になるようなテイストのもの。そういうものをずっと描いていて、次になにかをやるんだったら、キャラクターの個性を出したものを作りたいと思ってたんです」
「キャラクターのバックグラウンドを考えるうえで、自転車の歴史を調べてみると、昔は髭を生やした紳士が自転車に乗っていたわけですね。次の節目になるのは70年代。ヒッピーたちがMTBやカーゴバイクを生み出した。そこで、『髭を生やしたヒッピー』というキャラクターを考えました。『そういう人種は禅とか仏教が好きそうだな』と考えて、無国籍風のキャラクターを作り、リンネ(輪廻:回転する車輪が何度でも同じ場所に戻るように、命あるものが何度も生まれ変わること)と名付けました」
下のスライドで、数々のイラストのなかから人気があるものをいくつか紹介する。作品には度々チネリが登場するが、デザイナーでありチネリやコロンブスの代表でもあったアントニオ・コロンボ氏が直々に「このイラストは最高だ。私が社長のときに会いたかった」というコメントを寄せてくれたという。

2025年3月8~16日、江ノ島に近い鵠沼のサーフショップ「California General Store」で、バイクカルチャーXサーフカルチャーをテーマにした個展を開催する。
富士ヒルTシャツに込めた想い
「キャラクターを作って、インスタにアップしていたら、海外の有名インスタグラマーが紹介してくれて、どんどんフォロワーが増えて世界中に広まっていったんです」
取材の数日後、インスタのフォロワーは10万人を超えた。その95%がなんと海外だ。もちろん有名人が紹介したからではなく、アンクルリンネというキャラクターに魅力があったからだ。
パールイズミのジャージデザインを手掛けたり、バイシクルクラブ誌の表紙になったり、ハンドメイドバイシクル展のポスターになったり、多くのメディアに取材されたり、世界各国で展示イベントを行ったりと、業界の仕事も増えた。その中の一つが富士ヒル公式Tシャツのデザインである。アンクルリンネが富士ヒルTシャツに採用されるのは今年で3年目。
「1、2年目は男女が一緒に上っている絵柄にしたんですが、昨年富士ヒルの会場に行ってみたら、これはすごくいい雰囲気だなと。あの場が軸となったバイクカルチャーができつつある。そのコミュニティ感を表現しようと思い、今年は走っているところではなく、みんなでワイワイやってる絵にしたんです。みんな走り終わった後は富士山をバックにして写真を撮るでしょう。まさにそのシーンを絵にしました」
リンネよ、勝手に動き出せ
驚くほどの勢いで人気が出て、日本のみならず世界中に浸透しているアンクルリンネ。今後の展望は?
「今後はキャラクターを増やして、ストーリーがあるものも作りたいと思っています。目標として頭の中にあるのは、スヌーピーを描いているチャールズ・M・シュルツさんですね。スヌーピーって、絵としてはすごく単純なんです。パースがかかったような構図はないし、キャラクターも同じような絵ばかりなんですが、ストーリー性があって得も言われぬ魅力があって、何十年も世界中で親しまれている。そのスヌーピーと同じレベルにいきたいなんてとても言えませんが、目指すべきところはそこですね」
「もう一つ、アンクルリンネを考えるときに意識したのは、サーフィンの世界なんです。サーフィンにはサーフカルチャーがありますよね。サーフィンそのものだけではなく、サーフィンを題材にした映画がたくさんあって、サーフミュージックがあって、サーフアートがあって、サーフファッションがある。サーフィンに関する食べ物もインテリアテイストも確立されてる。でも、自転車の世界はまだそこまで多彩ではないですね。自転車の世界でもそういうカルチャーが生まれるきっかけになったらな、という想いをアンクルリンネには込めたつもりです」
「自転車に興味がない人達がアンクルリンネを目にして『自転車ってなんかいいかもね』って思ってくれて、自転車の世界に入ってきてくれるきっかけになるといいですね」
国を問わず、年齢も性別も関係なく、世界中の人から愛されるようになったキャラクターたちは、あたかも人格が宿り、勝手に動いて喋って考えているような気がしてくる。
ミッキーマウスやドラえもんを見るときに、脳裏に浮かぶのはウォルト・ディズニーや藤子・F・不二雄の顔ではなく、そのキャラクターの人格だ。無意識のうちにその人格を認めているからこそ、ディズニーランドでは“中の人”を意識せずハグをするのだ。スヌーピーに至っては、作者の名すら知らない人も多いだろう。
「ドラえもんならこんなときこう言うだろうな」「ミッキーはこの状況でこうするだろうな」「ピーナッツの登場人物たちはこんな暮らしをしてるんだろうな」。そう思われるようになったとき、キャラクターは“作られたもの”ではなく、“独立した人格”になる。
いつかアンクルリンネもそうなるといい。勝手に動き出して、自転車に興味がない人達の視界に入って目を引いて、「自転車って、なかなかいい感じの乗り物なんですよ。ちょっと覗いていてみませんか」と、彼ら彼女らをこの世界にどんどん誘ってもらいたい。