ACTIVIKE代表 西谷亮さんインタビュー/願いは「長く、楽しく、健やかに」
理学療法士の国家資格を保有し、医学的根拠に基づいた身体評価を武器に一人ひとりのライドスタイル&レベルに合わせたフィッティングを得意とするACTIVIKE代表の西谷亮さん。富士ヒルゴールドやUCIグランフォンド世界選手権出場など、ホビーレーサーとしても活躍する彼は、なぜ理学療法士からフィッターになったのか。自身の目標とは。
10歳で100km
生まれは兵庫県の高砂市だが、すぐに父の仕事の都合でアメリカに移り住んだ。
「カリフォルニアの西海岸だったんですが、2歳で日本に戻ったので、アメリカの記憶はほぼないんです。帰国してから大学卒業まではずっと昭島で育ちました」
小学校1年生から剣道を始めたが、スポーツバイクとの出会いも早かった。
「小学生のとき、まず兄が自転車を始めたんです。レースではなくクロスバイクでサイクリング程度でしたが。その影響で父が始めて、もう1人の兄もまた始めて。三男の自分も流れで自然と乗るようになりました。9歳か10歳だったと思います」
人生初の100kmオーバーはなんと10歳のときだったという。
「過酷でしたよ。家族で昭島の家から多摩川の河口まで走って、河口でお湯を沸かしてラーメンを食べ、帰るという。多摩川の土手のスロープが子供にとっては一本一本が地獄のヒルクライム(笑)。丸一日かけて走り切りました」
それでも自転車が嫌いにはならず、月に数回は家族とサイクリングをしていたという。中学生のときにお年玉を貯めてトレックのMTBを買った。
「高1のとき、一番上の兄と父と3人で、自転車で昭島から生まれた兵庫の家まで走りました。パニアバッグつけて、道具一式積んで。6泊7日だったかな。それが一番大きな思い出ですね。大学生になって父からお下がりのスペシャライズドを譲り受け、ロードバイクに乗り始めました」
理学療法士へ
大学では理学療法士になるべく勉学に励む。
「剣道をやっていたときから怪我が多かったんです。そのたびに整骨院に通って治してもらっていたんですが、その頃から体のケアに興味があり、人の体のケアに関わる仕事をしたいと考えました。真ん中の兄が理学療法士を目指していて、それで理学療法士という職業を知るんです」
お兄さんは今も病院で理学療法士として勤務されているという。西谷さんも国家資格を取得し、卒業後は病院に就職、理学療法士として働き始める。
「就職して一人暮らしを始め、その頃から急速に自転車にのめり込んでいきます」
なにせすでに体のプロである。体に関する専門知識とライディングの動きとを掛け合わせて考えながら自転車を楽しむのが趣味になった。方々に走りに行き、2年が経つ頃には自転車に関わる仕事をしたいと思うまでになる。
「一番大きかったのは、病院で触れあった患者さんたちです。ご高齢な方のリハビリがメインだったんですが、高齢になってからご病気をされて病院にくる背景には、生活習慣の部分が非常に大きいんですね。『若い頃、どれだけ活発に過ごしていたか』が、年齢を重ねたときの健康に影響するんです。“病気になってから”より、“なる前”の段階で仕事をしたいなという思いを抱きました」

たった2年で独立
そこで、<医療の専門知識×自転車>となるパーソナルトレーナー/フィッターとして独立する。元気(active)に自転車(bike)を楽しんでほしいというコンセプトから、社名はACTIVIKEとした。そうして、サイクリストを対象に怪我・痛みの予防をメインとしたフィッティングサービスを開始する。2018年、24歳のときだった。
24歳は若い。病院勤務もたった2年である。当然、周囲からは反対されたという。
「独立をする人が言われるであろうことは一通り言われたと思います(笑)。まぁ確かに今考えるとだいぶ危ない橋を渡っていたなと思いますが」
しかしやってみると、病院でやっていたことと一緒だった。もちろんいい意味で、である。
「日常生活における動作を見て、ボトルネックを見つけて、その対処法を提案する。そういう意味では、理学療法士としての仕事とフィッティングって一緒だったんです。現代人は座りっぱなしのことが多く、運動する習慣も少なくなっています。サイクリストも多くの人は週末にしか乗れない。その週末の自転車の数時間だけ意識しても、改善できるものもできない。日常生活において、体の癖をどうするか。そのアプローチは病院でやっていたことと変わらないんです」
このように、アクティバイクのフィッティングには、西谷さんの理学療法士というバックグラウンドがあることが強みだ。
「解剖学、運動学に基づいて体の動きを捉えて、ポジションはもちろん、ストレスのない姿勢とペダリングに導くというものです。それだけでなく、体そのものへのアプローチもできるところが強みだと思います。ベースとしてポジションはもちろん重要なんですが、結局、動かす体の状態が整ってないことにはパフォーマンスは発揮できません」
西谷さんはなるべくしてフィッターになったのかもしれない。

ACTIVIKEの今
「始めてから2年は完全に1人でやっていたんですが、2019年の終わりだったかな、当時薬剤師として働きながら実業団で走っていた阿部(直幸)さんが顧客としてフィッティングに来たんです。医療従事者という同じバックグラウンドを持っていたことでシンパシーを感じてくれたらしく、『薬剤師の知識を活かしてなんかやりたいんです』という話になりました。別の機会を設けて話をしてみると、知識を生かしてすでにプロテインを自分で作っていると。詳しく聞くと栄養学的に納得がいくものだったし、美味しいし、じゃあこれをアクティバイクの製品として売りませんか?と」
そうして2020年、アクティバイクに阿部さんという頼もしい仲間が加わった。ちなみに、そのとき阿部さんが作っていたプロテインが、今アクティバイクで販売しているリカバリープロテインそのものである。
現在ではヘッドコーチの本田竜介さんも加わり、その3人がコアメンバーとしてアクティバイクの運営を行っている。
サイクリストの幸せのために
これからの目標とは。
「一番はこの先何年も事業主としてちゃんとアクティバイクを続けていくこと。それがまず大前提です。これまでは応援とサポートのおかげでやってこられましたが、変化の激しい時代ですし、業界的には大変な時期でもあるので、そう簡単なことではないと思います」
さらには、と西谷さんは続ける。
「今アクティバイクとしてやっていることって、問題解決型サービスなんですね。フィッティングもそうですし、サプリメントもコーチングも基本的には課題ありき。ふわっとした話になりますが、もうちょっと本質的なシステムを作りたいなと思っているんです。今、アクティバイクでコミュニティを作って走る機会を作っていますが、アクティバイク自体が自転車に乗る理由になるような、そんな存在になれるといいですね」
フィッティングやコーチングだけではなく、サイクリストの人生をより前向きにアクティブにする存在になる、ということか。
「もちろんフィッティングは続けていきますし、サプリメントも多くのお客様に愛用していただいているので継続して開発・販売していきますが、自転車を健康に楽しむ土台ができた上で、一緒に走る機会を作るなど、『さらに長くより楽しく遊ぶためになにができるか』をこれから考えていきたいですね」

願うのは、顧客を速くすることでも、プロテインを売ることでもなく、「サイクリストとしての幸せ」である。
「自転車は本当に素晴らしい趣味です。月並みな表現ですけど、僕は本当に心の底から素晴らしい遊びだと思ってます。でもパワーとかレースの順位とかヒルクライムのタイムとかを見ると、つい他人と比べて卑屈になってしまうこともありますね。それに刺激を受けて頑張るのはもちろんいいんだけど、その刺激がときとして毒になることもあるでしょう。でも、それをしはじめるとキリがありません。自分はどう乗ってるときが一番楽しいのか、幸せなのかということを見つめなおして、それを大事にしながら長く自転車楽しんでほしいと思います」
今年で設立8年になるが、「長く楽しく元気に自転車を続けてほしい」という想いは今も変わっていない。
アクティバイク設立前と今では、業界の形態が大きく変化した。スポーツバイクという趣味の特殊性を考えるとショップの重要性はいつの時代も変わらないはずだが、直販の一般化や情報収集スタイルの変化などによって、ショップの立ち位置は否応なく変わっている。そんな時代に本当に必要とされているのは、アクティバイクと西谷さんのような存在である。

BIORACER × ACTIVIKE / 秋冬予約会
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ACTIVIKE のフィッティング・コーチングはACTIVIKE 公式サイトをご覧ください。

