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ビオレーサー本社インタビュー(前編)/開発者の頭の中
技術主導型ウエアメーカーであり、一般への訴求や広告はあまり得意ではないビオレーサー。日本での販売を手掛けるビオレーサー・ジャパンとしては、その愚直な姿勢が少々もどかしく感じることもある。ならばこっちから聞き出してやろう。プロダクト部門の責任者を務め、プロチームや各国の自転車連盟などと連携しながら製品の企画・開発などを手掛けるイタリア出身のエンリコ・アッコルシさんと、空力開発の担当者であり「風洞実験施設のクイーン」とも呼ばれるエラ・レイズさんに、ビオレーサーの製品哲学や開発姿勢に関して、リモートにて話を聞いた。
自転車競技は信念であり宗教
Q:本題に行く前に、ビオレーサーの企業風土について教えてください。
A:まず、ベルギーの自転車文化が、他の国とは全く違うレベルにあるということを知ってほしいと思います。イタリアも自転車競技が情熱の対象となっている国ですが、ベルギーではそれがさらに別次元なんです。ベルギーにとって自転車競技は信念であり宗教のようなものですね。自転車競技はベルギー国民の魂に深く根付いているのです。そんな国で、ビオレーサーはウエアの開発やイノベーションに取り組んでいるのです。
私も同僚の多くも自転車に乗っています。同僚や関係者からいいフィードバックを得ることもあります。もちろん、会社にはさまざまな役職があり、すべての社員が製品開発に直接関係しているわけではありませんが、一人ひとりがフィードバックを提供することに関心と責任感を持っています。

左がエンリコ・アッコルシさん、右がエラ・レイズさん。
何が新製品を生むのか
Q:新製品のコンセプトはどのように決定するのですか?
A:新製品のアイデアはさまざまな情報を糧にして生まれます。プロアスリートからのフィードバックが大きな要素ですが、空力研究や社内イノベーションも新製品誕生のきっかけとなります。ビオレーサーはプロチームや各国の自転車競技連盟と連携しており、プロレベルで戦っているライダーから詳細な情報を得ることができます。
たとえプロライダーから生まれたアイデアであっても、私たちはそのメリットをアマチュアサイクリストにも提供できるよう、製品に落とし込みます。近年のアマチュアサイクリストは、パワーメーターを使ってトレーニングし、データを分析し、測定可能な効果をもたらす機材を強く求め、かつてないほどパフォーマンスを重視していますからね。

Q:プロアスリートからのフィードバックとは、具体的にどのようなものでしょうか?プロはどのような点を重視するのでしょう?
A:プロライダーはわずかなパフォーマンスの違いにも敏感ですが、彼らが重視するのは、空力性能、フィット感、重量、そして体温調節機能です。高速走行時においては空力性能が圧倒的に重要な要素となるため、わずかな改善でも大きな違いを生み出すことができます。例えば、エアロジャージは数ワットのパワーを節約でき、レースでは大きな効果を発揮します。
しかし、空力性能が全てではありません。ウエアは第二の皮膚のように体にフィットする必要があり、快適性や通気性も不可欠です。特にロードレースの場合、長時間自転車に乗らなければならないので、空力性能も重要ですが、通気性が良く快適な素材であることも必要です。不快感を覚えるとエネルギーが失われてしまいますから。
私たちは空力性能をリードするブランドですが、ここ3~4年で空力性能はアマチュアライダーにとっても必須の要件となりました。実際にウェブ上の調査データを分析したところ、サイクリング関連製品を検索する際に多くの人が「エアロスーツ」と「エアロソックス」を調べているという傾向が見られます。ビオレーサーもそんな市場のニーズに応える必要があります。ただし、それには価格・性能・速度域・耐久性・快適性などのバランスが必要です。空力ウエアと謳う以上、本当に効果のあるエアロ素材を使用していますが、アマチュア向けウエアに最高級のスピードマスタースーツに使われている超高性能なエアロ素材を使うわけにはいきません。その素材は驚くほど高価であるだけでなく、繊細で耐久性に乏しく、快適さにも欠けるためです。アマチュアライダーでは、その素材の特徴や利点を活かせません。速度域も異なります。アマチュア用のウエアには、35~45km/hの速度域でも効果があり、快適性も耐久性が高い素材を使います。

ビオレーサーの開発プロセス
Q:では、製品の開発プロセスについて教えてください。
A:まずは、空力性能、快適性、体温調節機能、耐久性などの中から「どの性能を向上させたいか」を決定します。そこから、素材研究、パターン開発、プロトタイプ製作という順番で開発を進めます。ビオレーサーは他社とは異なり、ベルギーに自社プロトラボを所有しているため、迅速に開発を進め、アイデアを素早く検証できます。
エアロ関連製品の場合、プロトタイプを風洞実験でテストし、空気抵抗を測定し、CdA値やワット数削減といった指標をどれだけ改善できるかを確認します。
その後、プロライダーや優秀なアマチュアライダーと協力し、実際の走行条件下でこれらの結果を検証します。ラボでのテストと実際の走行を組み合わせたこのプロセスこそが、私たちが「最も徹底的にテストされた製品(The Most Tested)」と呼ぶ所以です。
テストは私たちの企業文化の重要な一部です。すべてのアイデアは、風洞実験、実走行テスト、そして実際のレース環境下で徹底的な検証を受けます。「The Most Tested」というタグラインは、私たちの仕事の哲学をよく表したものなんです。

風洞実験では何が行われているのか
Q:ビオレーサーの空力開発については?
A:本社から車で10分のところに、バイクバレーという風洞実験施設があります。現在はリドレーグループが所有している施設ですが、私たちも契約を交わしており、毎年かなりの時間をバイクバレーでの実験に割くことができます。ちなみに、この風洞は最近、大幅な改修を受け、さらに精度と信頼性が高められました。先週の金曜日にはベルギー連盟による評価が行われ、新しい風洞の性能がシルバーストーンにある風洞と比較されました。シルバーストーンの風洞は、F1や航空関連でも使われるほどのもので、ヨーロッパ地域のゴールドスタンダードとされていますが、幸いにもバイクバレーの風洞はその高精度な低速風洞と肩を並べるレベルにあることが証明されました。
エアロ系ウエアの開発は、そんな風洞実験施設でのテストから始まります。最初は生地単体でのテストです。腕の形状に合わせた円筒形のツールを使って、生地そのものがどんな空力特性を持っているかを調べるんです。各生地を個別にテストし、その後、生地の組み合わせパターンを検証して、異なる生地をどのように配置すれば最適かを見極めます。その後、プロトタイプを製作し、ダミー人形を使ってのテストに移ります。

生地のパターンはどのように決まるのか
Q:CFD(流体解析)ソフトは使わないのですか?
A:もちろんCFDソフトも活用しています。体のどこにどのように空気が当たるのか、空気が体に沿って流れるのはどこか、乱流が生まれるのはどの部分なのかを解析します。このCFDによって、空気抵抗を減らすためにはどの場所にどんな生地を使えばいいかをシミュレートできます。
Q:それによってどの部分にどんな生地を使うのかを判断するわけですね。
A:その通りです。体に沿って空気が流れる場所には滑らかな生地を使い、乱流が生じる場所にはテクスチャーのある生地が必要です。この生地のパターンは非常に重要です。例えば、工場をもたないアジアのブランドでは不要な部分にストライプ生地を使ったりしていますが(笑)、空力性能を高めるには、生地は適切な場所に使わなければなりません。
その解析結果をもとに、生地の最適な組み合わせを推定し、プロトタイプを作成し、それを着せたダミー人形での風洞実験を行い、最終段階では人間が実際に風洞内に入ってテストをします。そうすることで、脚の動きも測定できるからです。ダミー人形では動きが制限されますからね。その際にはバイクやポジションはもちろん、ヘルメット、ソックス、グローブなども考慮します。
風洞は理論的なテストであり、屋外やベロドロームでの実際の状況を100%反映しているわけではありません。そのため、ロード競技より空力性能にシビアになるトラック競技のアスリートは、風洞実験に加えトラック上で実際に走行し、センサーを使ってデータを収集、それらの結果を組み合わせて判断します。

エアロウエアの効果とは
Q:そもそもウエアの空力性能の効果はどれほどなのでしょうか?
A:風洞実験では、空力的に最適化されたウエアはかなりの効果があることが実証されています。レーススピードでは、ライダーやセッティングにもよりますが、通常のウエアに比べて5~15ワットの差があります。プロにとっては、これはレースの勝敗を左右するに繋がりますし、アマチュアライダーにとっては、より少ない力で長距離を走ることができるようになります。
Q:では、ウエアの空力性能を高めるにあたって最も重要なことは何ですか?
A:1つの要素によって決まるのではなく、あらゆる要素の組み合わせです。生地の性能は重要ですが、パターンデザイン、縫い目の位置、構造も同様に重要です。とはいえ、おそらく最も重要な要素はフィット感です。ウエアがライダーの体にフィットしていなければ、空力的なメリットのほとんどが失われてしまいます。
※後編に続く
