元スピードスケート選手・高木菜那さんインタビュー(後編)/引退後の人生
オリンピックで金メダルを2つ、銀メダルを1つ獲得している元スピードスケート選手、高木菜那さん。現役時代からトレーニングでロードバイクに乗り、現在はNHKの自転車番組「チャリダー」に出演する、ビオレーサーファミリーのサイクリストでもある。同じくスピードスケート選手である妹の髙木美帆さんとの関係性や、過酷な選手生活、モチベーション維持の方法、レースの楽しみ方などについて聞いた。
美帆が妹じゃなかったら
ちょっと聞きにくい質問だが、もし家族の中に自分より競技成績がよくていつも比べられる存在がいたら、「あの子がいなければ……」という負の感情が生まれてしまうかもしれない。美帆さんのことを疎ましく思うことはなかったのだろうか。
「それはなかったですね。ずっと仲は良いんです。でも、美帆が妹じゃなかったら私はこんなに辛くなかったのに、と思うことはありました。『妹にずっと負けてて、ずっと比べられてこんなに辛くて、美帆が妹じゃなかったらもっと楽しくスケートをできていたのに』とか『みんな楽しそうにやってるのに、なんで2位の私だけこんなに辛いんだろう』とか」
「でも、高1のとき、お世話になっていた先生に、『悲劇のヒロインになるんじゃない』って言われたんです。『あなたより辛い想いをしている人はこの世界にたくさんいるんだよ』って。病気になってしまった人たちは好きなことができないし、例えば貧しい国ではスポーツすらできないし、そもそも満足に食べられない人たちもたくさんいる。そんな中で、私は好きなことをやらせてもらってる。その中での辛い経験って、もしかしたら幸せなことなのかもしれないって。自分のやりたいことをやらせてもらっているのに弱音を吐いていたらだめだなって。その言葉に支えられてきました」

高木流モチベーション維持術
自転車は常に身近な存在だった。使う筋肉やフォームなど運動生理学的に共通点が多いことから、スピードスケート選手がトレーニングに自転車を用いることは知られている。高木さんも例外ではなかった。
「トレーニングの主は自転車だったので、ほぼ毎日乗ってましたよ。インターバルトレーニングも坂で自転車でやってました。3~4時間走ることもありましたし、リカバリーにも使っていました。自転車で走るのは今も好きです」
講演活動やタレント活動を行う今は、自転車関連の仕事も多いという。
では、そんな経験を踏まえて日本のサイクリストに向けてメッセージをもらおう。仕事をしながら、学業に励みながら、ライバルとともにレース活動をしているサイクリストは多い。勝っても狭い業界の中での少々の賞賛があるのみ。でもプロ選手のように結果が収入に結び付くわけでもないし、契約があるわけでもない。辞めたくなったら、辛くなったら明日にでも自転車を降りでも誰も文句を言わない。そんなアマチュアレーサーのモチベーション維持術は?
「単なる趣味ではなく、真剣に取り組まれている方が多いと思いますが、仕事でもないし、必ずやらなければいけないことでもないですよね。仕事が忙しくなったら練習もできないし、そうなればレースに出ても結果がでない。努力しないと絶対に結果は出ないのがスポーツですから。だから、家で少しだけでもローラー台を回すとか、体幹トレーニングを取り入れるとか、できることをコツコツと積み上げるしかないと思います」

スポーツは勝ち負けだけじゃない
「それに、練習できないなら他の楽しみ方があります。練習してなくてもレースに出て、『集団の中で走れた』『思いっきり自転車をこいだ』『それが楽しかった』でいいと思います。自分の満足だけで完結しても、それは趣味としてすごくいい楽しみ方じゃないですか」
「競技をやってきたからこそ、私はスポーツって勝ち負けだけじゃないと思うんです。『速くなる』『タイムを出す』『人に勝つ』にこだわるのも大事なんだけど、『体を動かして笑顔になる』『人生で幸せだと思う瞬間を作る』ということもスポーツのいいところ。人を応援して一緒に感情を共有するってこともスポーツの一種です」
「そのうえで『やっぱり勝ちたいな』『勝てないと悔しいな』と思うんだったら、またやってみればいい。私も仕事が忙しいときは全然練習できませんでしたが、練習できないことを責めないほうがいいです。『勝てていた自分』『速かった自分』と比べると『それができない自分』がすごくかっこ悪く思えたりするものですが、『何のために自転車に乗るんだろう?』って改めて向き合うと、自転車を選んだ人は『自転車をこぐことが楽しい』というところに行きつくんじゃないかと思います。何とも誰とも比べない自転車も楽しいと私は思います」

追求するものを探す
引退し、小学生のときから打ち込んできた「人と競う」ことがなくなり、闘志の源だった「勝ちたいライバル」もいなくなった今。今後については。
「引退後は、これまでと全く違う世界に飛び込んでみたいと思っていました。今は、目標を探しているところです。引退をして、『自分が夢と目標をもって生きてこられたことはすごく幸せなことだったんだな』って実感しました。それが終わってしまった今、追求したいこと、楽しみたいと思えるものを探している最中です」
濃く、強烈だったであろう23年間の競技生活に区切りをつけ、早くも第二の人生が訪れた高木さんに、新たに打ち込めるものが見つかることを祈ってやまない。高木さんなら、スピードスケートでそうしたように、悩んだり悔しがったり考えたり笑ったりしながら、新しい目標に全力で取り組み、その世界を追求し、第二の人生を濃く、強烈に楽しむに違いない。もし自転車の世界に来られるなら、我々は大歓迎しますよ。



