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ルーツ・スポーツ・ジャパン代表 中島祥元さんインタビュー(後編)/地方とサイクリストの架け橋へ
「自転車×地域創生」をテーマにお届けするインタビュー企画。3人目は、数多くのイベントを手掛けるルーツ・スポーツ・ジャパン代表の中島祥元さん。地域活性化に対する想いと、スポーツツーリズムの未来について聞く。
地方とサイクリストをつなぐ誰か
そんな中島さんたちが今最も力を入れているものの一つが「富士いち」。ルーツ・スポーツ・ジャパンが主催する富士山の周りを一周するというサイクリングイベントで、発着地点となる御殿場市が共催、沿線の市町が後援に入る。正式名称は「スルガ銀行presents 富士山1周サイクリング 」で、今年は10月26日に行われる。

「今年から“スルガ銀行 presents”という冠が付いたんです。スルガ銀行さんは金融機関ですが、サイクリングを用いた地域振興に長く貢献されています。弊社も2017年に業務提携をしていろんな活動をしていたんですが、スルガ銀行さんが『今度はもっと地域振興に力を入れていきたい』ということで、タイトルスポンサーになっていただきました。これはすごく大きな変化で、スルガ銀行さんに加わっていただいたことで、従来は静岡拠点だけだったのが、今年から山梨もスタート/ゴール地点に加えることができ、静岡、山梨のどちらからでも走り始められるという珍しいイベントになりました。静岡からスタートして山梨にゴールするワンウェイコースも新設しました」
そんなイベントを多数手がける中島さんの根底にある理念は、先述したとおり「自転車を使った地方創生」である。人口減少に伴って地方から人口が減り、活力低下に苦しんでいる街も増えてきた。しかし、地方には地方の魅力がある。イベントによってサイクリストがその土地を走り、その土地のものを楽しめば、素晴らしい体験となる。地方も経済的に潤って「おらが町の魅力」を発信できる。それを実現するには、地方とサイクリストをつなぐ誰かが必要だ。中島さんはその架け橋になろうとしている。
「父が地元の商工会議所に所属しており、引退してからも商店街関連の仕事をしていたんです。『わがまちに人を呼ぶにはどうすればいいか』ということをずっと考えていたんですね。そういう仕事をそばで見ていたので、サイクリングを通してそこに貢献できれば、と」

「自転車×地方創生」のリアルな実例
ここで少し執筆者の個人的な思い出を。その昔、ある地方の町でヒルクライムレースが行われていた。春先に行われるレースということで、シーズン一発目の脚試しとして練習仲間と一緒に学生時代からずっと参加していた。もちろん当初は観光目的ではない。レースに出ること、いいタイムを出すこと、上位に入賞することが目的だった。前日エントリーだから仕方なく宿泊する、という意識だった。
しかし何年も参加しているうちに、その土地がどんどん好きになっていった。息をのむほど雄大な景色。夜の温泉街の雰囲気。土地の郷土料理。地元の方々のサポート。気づけばその土地の魅力に取りつかれていた。そのヒルクライムレースは諸事情により廃止となりもう開催されていないのだが、レースがなくなっても、そこには家族を連れて何度も足を運んだ。去年の冬も行った。今年の夏も行った。定宿もできた。
改めて考えてみると、それはまさにサイクルツーリズムによる地域創生である。そのイベントがなかったら、その土地の魅力に気付くことなく、今のように何度も足を運ぶことはなかった。筆者のように「自転車イベントを通して地方を好きになる」というケースは、自覚のあるなしに関わらず、サイクリストには多いのではないかと思う。
地元に声を伝える重要性
「そう。まさにそれですよ。僕たちとしては、それを地域の人たちに知ってほしいんです。地域側としては、『自転車の人が来て意味があるの?』『コンビニで買い物するだけで通り過ぎちゃうんでしょ?』という意見もあるわけです。だからサイクリストの方々の今のようなお話を地域の方々にちゃんと伝えて、『サイクリストが来ればこんな恩恵がありますよ』と伝えることも仕事なんです。だから、そういう生の声を宿の人や買い物をしたお店、食事をしたレストランで、地元の人にぜひ伝えてほしいです」

「弊社ではサイクリスト国勢調査というものを実施しており、2021年のデータでは一回のサイクルツーリズム行動(※)で一人平均3万7000円ほど使うという直接的な経済効果が確認されています。また、間接的な波及効果として『自転車でまた走りに行きたい』が76%、『自転車以外でも行きたいと思う』が71%となっているんです。このようなエビデンスをしっかりとデータに残して、サイクリストの生の声を地元の日人たちに届けたいし、『議会でこれを使って説明してください』とこのデータを行政に提供するなど、地道な活動を続けています」
(※)同調査では「生活圏ではない地域を訪れ自転車で走ること」と定義
「それがうまくいくと、『自転車イベントやるとこんな効果があるんだな』『○○市は自転車でうまくいってるらしい。うちもやろうか』となり、いろんな地域で楽しいイベントが増え、結果的にサイクリストにとっていい環境になります。イベントだけでなく、ゆくゆくは自転車が走りやすい道ができるかもしれないし、サイクリスト向けの宿ができるかもしれない。その間に立って、両方の人たちに喜んでもらいたくてこの仕事をやってるんです」

win-win-winの可能性
日本にはたくさんの観光地がある。地名も知られている。でも、北海道、京都、箱根、沖縄、ディズニーランドなどのよほどの有名な観光地でもない限り、わざわざ足を運ぶまでは至らない。「行ってみたいなぁ」とは思っても、実際の行動に移す人は少ない。しかし自転車イベントやレースイベントがあれば、「仲間と出てみるか」「実力を試してみるか」「練習の成果を発揮させよう」というモチベーションが加わる。実際にその土地に行ってイベントに参加し、その土地の景色を見て、その土地の食べ物を楽しんで、その土地の空気を吸って、その土地から湧き出る温泉に浸かっていると、イベントが目的だった人も、いつしかその土地の魅力に気付くようになる。
「コースやコースマップを作る仕事もしていますが、それだけではなかなか来ていただけないんです。『実際に行く』という行動まで結びつかない。でもイベントがあればフックになる。一度来てもらって、その土地の魅力に気付いてもらえれば、『今度いつ来ようかな』『誰誘おうかな』となってくれる。そのきっかけとしてイベントってすごく大事なんです」
「このムーブメントが広がれば広がるほど、サイクリストたちの喜びが増えて、地方の喜びも増えて、このサイクルツーリズムの分野の仕事が多くなって、この職業として食べていける人も増える。みんなが幸せになるはずなんです。自分たちの役割はそこだと思っています。今後も、サイクリストと地域の幸せなマッチングを作ることを続けていきます」
win-winなんて都合のいいことはそうそう起きない。たいていはどちらかが勝手に肯定的に判断して耳触りのいい言葉にしているだけだ。しかし今回の連載でも繰り返し言及してきたように、自転車と地方創生は相性がいい。大和さんやベンさんや中島さんのような“継ぎ手”となる人たちがいれば、そして我々サイクリストが意識を少し変えれば、サイクリストにとっても、地方にとっても、業界にとっても、win-win-winになるかもしれない。

