HOKKAIDO EVENTS ベン・カー氏インタビュー(前編)/ニセコクラシック、その成長の理由
北海道の地に魅せられて移住をし、ニセコ周辺の観光産業に関わることになったベン・カー氏。今や日本で有数の人気レースイベントとなったニセコクラシックを実現させたコアメンバーの一人だ。2016年にはUCIグランフォンドワールドシリーズの1戦に組み込まれ、2026年にはついに世界王者を決める決勝大会として開催されることが決定した。「自転車×地方創生」をテーマにしたインタビュー企画の第二弾は、ベン・カー氏にニセコクラシックの歴史と成長、北海道における自転車の重要性を聞く。
パウダースノーの衝撃
1970年、オーストラリア出身。シドニー大学で経済学を専攻し、卒業後には東京の輸入商社に勤務する。スキーとスノーボードが好きだったが、しかしそれまで北海道で滑ったことはなかったという。
「あるとき、知り合いに『ニセコのパウダースノーは最高らしいぞ』と誘われて、俱知安に行ってみたんです。そしたら雪が本当に素晴らしい。温泉も最高。食べ物も美味しい。スキー場もそれほど混んでいなくて、最高の経験をしました」

その“北海道ショック”が相当に大きいものだったのだろう、ベンさんは東京に戻ると、なんと会社に「辞めます」と伝え、俱知安に移住してしまう。1997年の出来事だった。
「ただ『北海道で滑りたい』という想いだけで移住してしまったので、オーストラリアのお客さんを相手にスキーツアーを組む仕事を始めたんです。夏の間はリバーガイドや農家でのアルバイトをしながら」
日本のスキーバブルが終わりかけ、当時のニセコのスキー場は閑古鳥が鳴いていた。そんなとき、オーストラリアからのツアー客が壊れかけたロッジを見て、「この不動産を買うことはできないのか?」とベンさんに尋ねる。
「投資をしたもののバブルが弾けて返済が出来なくなったペンションやロッジが結構ありましたから。とはいえ、当時は不動産に関する知識なんか全くありませんから、倶知安の司法書士とタッグを組んで、不動産の会社を立ち上げました」
きっかけは「おきなわ」
そうしてベンさんは2002年にニセコリアルエステートを設立。仕事は順調に伸び、ニセコの不動産取引の第一人者となるが、悩みはあった。冬は大忙しだったが、夏は観光客が激減してしまう。ウィンタースポーツ天国・北海道ならではの葛藤だ。
暇を持て余していたある夏の日、楽しそうに自転車に乗っている人を見かける。スキーのために北海道に移住してきた人が、夏のレジャーとして楽しんでいたのが自転車だった。
「すぐに地元ライダーと一緒にチームニセコを結成しました。そして参加したのがツール・ド・おきなわです。行ってみたらびっくりしたんです。レースだけじゃなくてサイクリングも楽しめて、レース前後の数日だけじゃなくて一週間くらい滞在して沖縄を堪能している人もいる。走り終わったらビールがあって、自転車だけじゃなくて海に入ったりして。これをニセコでもやりたい!と。うまくいけば北海道の夏の観光資源になるんじゃないかと思ったんですね」
ニセコのパウダースノーに続き、沖縄のレジャー感にも衝撃を受けたベン・カーさん。ここからの行動力がすごい。
「北海道に戻り、早速レースをやろうと俱知安の警察に相談をしにいったら、『いきなりロードレースは心配なので、ヒルクライムから始めたらどうですか?』と言われまして。そうしてニセコHANAZONOヒルクライムを始めました。2009年のことですね。3年ほど無事に続け、いよいよロードレースをやろうと北海道自転車連盟と話をし、警察の許可をもらって2014年に第一回を実施しました」

UCIのシリーズ戦へ
記念すべき第一回ニセコクラシック。その手応えは。
「我ながら素晴らしいイベントだと思いました(笑)。これはぜひ海外のサイクリストにも知ってもらいたいと思い、その手段をいろいろと調べていたら、グランフォンドワールドシリーズというアマチュアレースを見つけたんです」
正式にはUCIグランフォンドワールドシリーズ。年齢別にカテゴリ分け(19-34歳、35-39歳、40-44歳、45-49歳、50-54歳、55-59歳、60-64歳、65-69歳、70-74歳、75歳以上)されているホビーレーサーのための世界大会である。世界各国で行われる予選大会と決勝大会によって構成されており、予選大会の各年齢カテゴリ上位25%でフィニッシュした選手が決勝大会への出場権を得る。要するにUCIが統括する「アマチュアのための天下一武道会」だが、各部門の優勝者には世界チャンピオンの称号とレインボージャージが授与され、その名誉は大きい。
世界的に行われるシリーズ戦なので、その一戦に入れば、海外サイクリストの参加が見込める。しかし、「海外のお客さんを呼ぶにはUCIレースにしちゃえばいいんじゃね?」という発想にはなかなかならない。国際人、ベンさんならではの視点だったかもしれない。
「早速、ベルギーで開催されたグランフォンドを視察しに行きました。参加してみたらこれがまた本当に楽しいんです。ゆっくりとサイクリングを楽しむ人もいれば、本気で競う元プロレベルもいて、幅広い層がイベントを堪能している。そこでUCIに『これを日本でやるとしたら、興味ありますか?』と聞いたところ、『ぜひやりたい』という回答をもらいました」
ベンさんはこうして簡単に言われるが、英語を母国語にし、世界をまたにかける行動力あってこそのとんとん拍子だろう。そうして2016年からニセコクラシックはグランフォンドワールドシリーズの予選大会を担うことになり、ニセコクラシックの冠詞に「世界の~」が付いた。参加者にも好評を得て、現在に至る。

